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066 四の行列
しおりを挟むまだまだ続く激励の宴。
ここぞとばかりに山海の珍味に舌鼓を打ちつつ、ホランに優勝候補たちの情報なんぞを教えてもらっていると、カルタさんがそっと耳打ち。
「どうしてもチヨコちゃんに挨拶をしたいって方がいるんだけど」
直接乗り込んでくるのではなくて、きちんと側つきの女官を通しての申し出。カルタさんが繋ぎに応じていることからして、信用できる相手っぽいので、わたしはこれを了承。
すると姿を見せたのは雲をつくような大男。
森の暴れん坊との異名を持つ銅禍獣の鎧熊(ヨロイグマ)。その剛毛をむしったかのような体躯をした本選出場者の一人。
これにはわたしも思わずあんぐり。
そんな大男がいきなり片膝をつき背を丸めて、うやうやしく頭を垂れてきたものだから、さらにあんぐり。
「不躾なお目通りの申し出を受けてくれてかたじけない。俺はドルア。各地を渡り歩くケチな任侠者です。この度はおふくろを助けて下さり、本当にありがとうございました」
いきなり身に覚えのないことでお礼を言われた!
わたし、たいそう困惑。
で、詳しく聞けば、ドルアのおふくろさんは聖都のシモロ地区の長屋に住んでいたんだけど、若い頃からの無理が祟ったのか、はたまたバカ息子の親不孝の報いか。苦労の末についには目を病んでしまう。
各地を転々としているうちに、風のうわさでそのことを知ったドルア。激しく後悔し、自責の念にかられる。あわてておふくろさんのところへと向かう。
けれども帰ってみれば、当人はぴんぴんしており、以前よりもむしろ元気なぐらい。
「これはどうしたことだ?」と首をかしげていたら、近所の顔見知りから教えられたのが、剣の母と神泉の井戸の話。
目をやられ、日々の暮らしもままならず、カラダも痩せ衰え、あとは死を待つばかりかと思われたとき、その奇跡は起こったという。
「紅風旅団、団員番号四十九万六千四百五十一番ドルア。大恩への感謝を胸に、以後は心を入れ替えて身命を賭して尽くすことを、ここに誓います」
控えめでもけっこう響く野太い声にての決意表明。
「いや、そこはふつうに親孝行にはげめよ! あとちゃんと働け!」
思わずツッコんだら、ドルアがニカッと不敵な笑みを浮かべた。
「いえ、これはうちのおふくろの強い意向でもありますので。ちなみにおふくろの団員番号は四十四万四千四百四十四番です」
おっふ、なんという四の大行列。
ここまで続くともはや縁起がいいのか悪いのかわかんないよ!
お年寄りになんちゅう番号を割り振るんだよ!
そこはちょっと考えようよ、運営側!
……って、それはわたしになるのか。
うーん。これは今度アズキらに会ったら注意しておかなければ。
◇
小娘、大入道よりかしずかれるの図。
当然ながら、「なんだ?」「どうした?」「おい、あれ……」との声が会場のそこかしこから起こり注目の的に。
「なんでもないよー。気にしないでー」
火消しに躍起になるも、ここで心中穏やかではいられないのが、他の本選出場者たち。
剣の母にアイツがお目通りをかなったのならば、自分もと考えぞろぞろ殺到。
一人だけを特別扱いするわけにはいかないので、わたしもしぶしぶ応じるハメに。
勇ましくも雄々しい名乗りを受けて、「がんばってください」とか「お怪我のないように」などと、あたりさわりのない応援の言葉に愛想笑いを添えて。
で、それもようやく終わりが見えかけたときに問題が発生!
わたしの前にて、にらみ合うのはグアンリーとコォンの両名。
ことの発端はグアンリーがコォンを「坊や」呼ばわりしてからかったこと。
はじめはツンと澄まし顔にて無視していたコォンだが、師のことをイジられたとたんに目の色が変わる。ギラリ剣呑。
そこで「おっと、こわいこわい」とでもおどけて、手を引くだけの機転がグアンリーにあればよかったのだけれども、こいつはそんな気の利いたことが出来る男ではない。むしろニヤニヤしつつ、火に油を注ぐ阿呆さを披露した。
そしてコォンも若い。まんまと安い挑発に乗って、すっかりイキリ立ってしまう。
発せられる殺気が本物とわかり、場が騒然となった。
皇(スメラギ)さまの御前だというのに一触即発の雰囲気。
だから周囲にいた者たちが止めようとするも、すでにとんでもないピリピリ具合。
うかつにちょっかいを出したら、かえって暴発しかねない状況。
おいおいおい、かんべんしてよ。ケンカなら他所でやれ。
「わたしを巻き込まないで!」と内心で叫んでいたら、スススと音もなく人垣の中から姿を見せたのは八武仙であるフェンホア。
フェンホアは温厚そうな態度を崩すこともなく、ごく自然な足どりにて二人の間に入るなり、「場をわきまえなさい。コォン」とピシャリ。
師よりたしなめられた弟子。とたんにしゅんとなり、借りてきたネコのようにおとなしくなった。
そしてグアンリーには「うちの者がとんだご迷惑を」と丁寧な詫びを口にする。
けれども頭を下げることなく、ただ細目にてじっと相手を静かに見つめるばかり。
雷槍使いのフェンホアと名高き八武仙の雄。そんな武人に正面から見据えられて固まるグアンリー。冷や汗がたらり頬を伝う。
「気にすんなって。ただの戯言だよ。冗談だって。はははは」
乾いた笑いが彼の精一杯の虚勢なのは、誰の目にも明らかであった。
◇
かくしてことなきをえるも、会場の空気は完全にシラケてしまった。
さすがにこれはもう修復不可能。今夜はお開きかなぁと思っていたら、さにあらず。
ふわりと足どりも軽くサクランの花の精が舞い降りる。
ここでまさかの第一皇女イチカが登場。
朱色のお盆に杯と銚子をのせた品を持つ女官をつれてあらわれた彼女。
本選出場を果たした十名の猛者たちに自ら杯を手渡しては、酒を注ぎ、ひと言ふた言、お祝いを述べる。
皇族の美姫より手ずから酒をふるまわれた面々はおっかなびっくり。
野郎ども、全員ポーッとなったり恐縮したり。
「では、皆様方の明日の健闘を祈って」
自らも杯を手にかかげ乾杯の音頭。
あわててその場に集った全員が、これに倣う。
これを機に激励の宴は再開、すっかり盛り返す。
すべてを飲み干すかのようにして、あっさり水に流してしまった。
そんな姫君の卓越した手腕を目の当たりにして、わたしはつぶやかずにはいられない。
「やっぱり彼女が次期皇でいいんじゃないの? 男系継承なんて時代遅れだよ。女皇さまバンザイ」
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