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078 敗者の笑み
しおりを挟むわたしが決め台詞にて、フフンと控えめな胸をそらした直後。
特別観覧席前面の半壊ガラスが木っ端みじんとなる。
室内に充満していた白煙がいっきに消し飛んだ。
爆音と突風を率いてあらわれたのは、勇者のつるぎミヤビ。
闘技場の悪漢どもを吹き飛ばし、怒りのままに猛然とこちらへ飛び込んできた。
「チヨコ母さま、チヨコ母さま、チヨコ母さまーっ!」
すっかり興奮しているミヤビ。白銀の大剣の身に刻まれた精緻な模様が、より強く浮かびあがっており、全身も淡い光に包まれている。
わたしは我が子を「どうどう」となだめつつ室内をキョロキョロ。フェンホアにやられた二人の姿を探す。
カルタさんは入り口付近にて腹部を抑えてうずくまっていた。
ホランは血まみれにて壁に背を預ける格好でうなだれている。
二人とも苦悶の声をもらしているから、とりあえずは生きている模様。
わたしがホッとしたところで、今度は入り口扉がダーンッ!
蹴破り入ってきたのは、腰に直剣二刀差しの大男。
「無事か! 剣の母チヨコ殿っ」
八武仙筆頭であるクムガン、ぞろぞろ配下をひきつれての重役出勤。
いや、実際にえらい人だけどね。
でもこれはさすがにちょっとちがうと思うの。
はっきり言って遅い!
室内の惨状に目を白黒しつつ、足元に転がっているキノコの人間苗床におっかなびっくりなクムガンを問い詰めたら、おっちゃんの言い訳はこうだ。
八武仙やそれに準ずる実力者たちは、みな自国や他国の要人警護と称して分散配置されており、警護対象の側をおいそれとは離れられない状況に。
闘技場内にいた警備たちは、ニセ情報と指示に踊らされてひっちゃかめっちゃか。
闘技場外にいた連中も、似たりよったりにて錯綜。
なまじ指示系統がしっかりしているのが仇となり、みんな首をかしげつつも上からの命令には素直に従ってしまった。
でもこれだけじゃあない。
用心深いフェンホアは選定の儀において、なんと皇(スメラギ)さまの影武者を立てることを提案。「御身にもしものことがあっては」と、もっともらしい理由ながら、その狙いはさらなる戦力の分散である。
宮廷のナカノミヤに本物の皇が残る以上、その身辺警護を担うクムガンもそちらにクギ付けとなる。そして影武者とはいえニセモノの方にも、それなりの人員を配置せねば格好がつかない。
己の立場を存分に悪用し、おおいに現場をかき乱したフェンホア。
まったくもってとんでもない話である。
こうなると狂った妄執ゆえの凶行だけれども、ここまで見事に成功させた彼を誉めるべきか、こんな激烈な病巣を懐深くに抱えてしまった体制側に同情すべきか、判断に迷うところ。
どちらにせよ、巻き込まれたわたしこそはいい迷惑である。
◇
クムガンのおっちゃんに非難がましいジト目を向けつつ、わたしは介抱されているホランとカルタさんたちをチラリ。二人は軽く手をふって無事を示したので、ついで視線を人間苗床へと移す。するとキノコの山がぷるぷる、小刻みに震えていることに気がついた。
てっきり苦しんでいるのかとおもったら、さにあらず。
よくよく耳を澄ませてみると、「くくく……」
まるで地の底から響くような、なんとも不気味で不快な笑い声。
計画が失敗し、自暴自棄にでもなったのかしらん。
でも、こいつがそんなタマか? どうにも解せぬ。
と考えたところで、わたしがそのことへと思い至ったのは、女の勘というかもはや天啓。
「クムガンのおっちゃん。今日って第三妃さまは、どうしているの?」
「キキョウさまか、あの方ならばナカノミヤにあるご自身の離宮におられるはずだ。目立ちたがり屋のお二方とはちがって、公式の場にはほとんど姿を見せぬからな」
なるほど。だったら問題はない。
ちなみに目立ちたがり屋ってのは、第一妃シンシャと第二妃メノウのことね。
フム。てっきり「どさくさに紛れて、かつての想い人を奪い返す」とかたくらんでいたのかと考えたのだけれども。
さすがにナカノミヤには手が出せないからその線はない、か。
となれば……。
「ねえ、おっちゃん。これはたとえばの話なんだけどさぁ。かつて想いの叶わなかった初恋相手の面影のある女性とかを前にしたら、男としてはやっぱりドキドキしちゃうものなの? こう、蘇れ青春の日々。甘酸っぱい青い果実。ってな具合に」
若い娘のなんら脈絡のない会話の進み方に困惑の色を隠せないクムガン。
それでも「そうさなぁ」とアゴに手をあて、「なるだろうなぁ。悲しいかな男とはそういう生き物だ。ましてやそれが初恋の君ならばなおさらであろう」と答えた。
あいにくとわたしはいまだに身に覚えがないが、女にとっても初恋は特別なものときく。
ましてや過去をズルズル引きずることにかけては定評のある男ならば、その比ではない。
以上の情報を踏まえて、なおかつ「くつくつ」笑みをこぼすキノコの人間苗床の反応を照らし合わせると……。
「いけない! ミヤビ、お願いっ」
勇者のつるぎを呼んで、わたしはすぐさまぴょんと飛び乗る。
「おい、とつぜんどうした?」とのクムガンには「姫さまが危ない」とだけ告げて、勢いよく特別観覧席を飛び出した。
「ミヤビ、イチカ姫の気配をたどれるかな」
「おまかせあれ。その程度のこと、造作もありませんわ」
宙に停止したミヤビ、その場でクルクルと水平にゆっくり回り出す。
その動きがピタリと止まり、切っ先が向いたのは南の方角。
ミヤビは言った。
「どうやら目標はピ湖へとかなりの速度で移動しているようですわ」
すでに拉致されている模様。
フェンホアがどさくさ紛れに狙っていたのは、皇女イチカ。
神聖ユモ国は男系継承ゆえに、いかに優秀な人材とて他の皇子たちに比べると、姫は一段下に置かれている。それは待遇や警護の面にもおよんでおり、確かに特別な存在だけれども最重要項ではない。それでも宮廷やナカノミヤ内ならば問題はなかった。
けれども、選定の儀を観覧する要人らをもてなすために、イチカ姫は下向していた。
あんの、ど腐れ外道めっ!
ヤツの身の上悲恋話を聞いてちょっとウルウル。「かわいそう」とか同情してしまった少し前の自分に腹が立つ。
母親で叶わなかった想いを娘でとか、どう考えてもヤバすぎる!
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