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其の五十九 槍鬼と狐侍 後編
しおりを挟むいつものように受け待ちの姿勢、後の先では勝てない。
そう判断した藤士郎は、ここでいったん刃を鞘に戻す。
敵を前にして刀をしまう。
この行動に怪訝そうな表情を浮かべる大槻兼山。さりとて構えを揺るめるような真似はせず。
藤士郎は右肩に愛刀の烏丸を鞘ごと担ぐようにして持つ。
片肘を突き出しつつ、歩幅は肩よりも大きくとり、腰をやや落とす。
そして無手の左腕はだらりと垂れるにまかせる。
薄目となり静観、すんと剣気を鎮め、余計な雑音には耳を塞ぎ、ただ目の前の相手のみに集中する。
伯天流の攻めの型・上弦。
この奇態を前にして大槻兼山が「むむむ」と唸る。
にらみ合う両雄。
不意にひゅるりと涼風が吹く。
どこぞよりはらりと飛んできたのは一枚の葉。
それがふたりの間を横切った瞬間に、木っ端みじんに砕け散った。
最初に葉に穴を穿ったのは大槻兼山の槍。雷光のごとき刺突。
ほぼ同時に大きく踏み込んだ九坂藤士郎。鞘走りから閃く小太刀の刃が、大きく欠けた上弦の月のごとき軌道にて疾駆。槍の穂先にしがみついていた邪魔な葉を斬り裂く。
槍と小太刀が激突し、ぎゃんと哭いた。
藤士郎は穂先の打ち落としを目論むも、槍は進軍を止めず。こしゃくな小太刀をものともしない。
逆に威を得て、槍の突破力がぐんと一段増す。
槍と小太刀、間合いのこともある。いかに長身痩躯で手足が長い狐侍とはいえ、このままでは先に相手の身へと届くのは、古強者の放った渾身の一撃。
だがしかし……。
振り下ろされた藤士郎の小太刀。その切っ先が足下にて翻り、飛燕のごとく舞い上がる。
急制動からの切り返し。軽い刀身だからこその動き。
加えて、動いたのは無手であったはずの左手。背中越しに受け渡された鞘が、いつの間にかしっかりと逆手に握られていた。それが向かう先は大槻兼山の手元。
なまじ力を込めて槍を持っているがゆえに、手の表面に浮き上がっているのは血管や骨の部分。藤士郎が狙ったのは親指の付け根。肉付き薄く、喰らえば骨に響く。ここを痛めたら満足に物を握れなくなる。
並の剣術なら手の甲を、いわゆる小手を狙う場面だが、あえて局所へと襲いかかるのが伯天流ならばこそ。
じつは烏丸の鞘の奥には鉛が詰められており、少し重くなっている。
空の鞘だからとて、まともに喰らうとけっこう痛い。当たり所が悪ければ骨にひびが入ることもあるのだ。
だというのに大槻兼山は槍を取り落とさず。
なんと、気概にて耐えたのである!
それでもほんの一瞬だけ、顔を歪め意識がそちらに向き、穂先の勢いも落ちた。
これがふたりの勝敗を分ける。
大きく踏み込んでから、槍をかわしつつ、めいっぱいに腕をのばしての切り上げ。ぎちりと肘や手首の関節が軋み、筋肉も悲鳴をあげる。ずきんと鈍痛、恐らく筋を痛めたか。
それでも藤士郎はこの勝機に賭けた。さらに大きく前へと。
槍の突端が左肩を掠め、皮膚を斬り裂きながら鎖骨の表面を滑る。
小太刀の切っ先がひゅんと跳ね、斬り裂いたのは大槻兼山の左顔半分。下顎から頬、額へとかけて縦一文字。鮮血がぱっと散る。
たまらず「うぐっ」
大槻兼山が片膝をついて勝負あり。
すべてはほんのまばたき数度の間の出来事。
刹那の攻防を終え、時の流れが戻ってくる。
紙一重であった。かろうじて勝ちを拾った藤士郎。近くの木に寄りかかり「ぜえはあ、ぜえはあ」肩で大きく息をする。
呼吸を整えつつ、藤士郎は傷口を抑えうずくまっている古強者を見下ろし思った。
いまならばきっと話を聞いてもらえるはずだと。どうして自分がこのような無謀な行動に出たのか。その事情を説明しようとした矢先のことであった。
どんっ!
大きな爆発音がして、地響きが起こる。
もうもうと盛大に煙があがっているのは、ついさっきまで潜入していた御殿の奥の方。
「ありゃりゃ、いったいなにごと?」
突然のことにぽかんと呆けている藤士郎。厳しい戦いの直後ということもあって、いまひとつ頭が上手く回らない。
けれどもさすがの大槻兼山はちがった。がばっと立ち上がり「いかん、春姫さまっ!」と血相を変えて、槍を引っ掴むなり駆け出した。
置いてけぼりとなった藤士郎。
しばし逡巡するも、結局、大槻兼山のあとを追うことにする。なぜならあそこには銅鑼が残っているからだ。きっと怪僧雅藍と何かあったのにちがいあるまい。
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