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其の百五十六 知念寺
しおりを挟むあっしの名前は堂傑(どうけつ)といいます。
知念寺にて修行中の身ですが、じつは人間ではありません。
その正体は鼬(いたち)の化生で、以前は流しの陰陽師なんぞをしておりました。
とはいえたいしたことはできません。
できるのは占いの八卦読み、紙でこさえた式神を飛ばすこと、影を操るの三つのみ。
それらも中途半端な術にて、おまけに人を見る目もからきしで、ころりと小悪党に騙されて、いいようにこき使われる体たらく。
そのせいでとある老舗の菓子屋を巡る奸計に巻き込まれ、あわやというところを九坂藤士郎さまと銅鑼さまのお情けによって救われ、いまはこうしていられるといった次第でして……。
あっしがお世話になっている知念寺を執り仕切っていなさるのは、巌然という和尚さまです。歩く仁王との異名を持ち、筋骨隆々の巨漢。その腕っぷしもさることながら、妖退治の高僧としても名を馳せている人物。
「健全なる精神、信心を貫くには屈強な身あってこそ!」と唱える肉体派。
とかく半端者や紛い者が多いこの業界にあって、その法力は本物です。自ら筆をとって仕上げた札や、祈祷を施した刀には霊験が宿り、これを前にすれば百鬼羅刹や悪霊怨霊どもがたちまちほうほうのていで逃げ出すというもの。
ちなみに霊験あらたかなお札一枚につき三両、守り刀はひと振り三十両が相場となっております。
何かと銭勘定にうるさい御方ゆえに、巌然さまを「守銭奴」「生臭坊主」などと悪く言われる方もおりますが、それは誤解というもの。
巌然さまは市井における銭の力と必要性をよく理解しており、それでいて権威や信仰を嵩にきてはお布施と称し、これを半ば強制する現在の寺院のあり方に否定的であるがゆえ。
巌然さまいわく「冗談じゃねえ。こちとら命懸けなんだから、これでも安いぐらいだ」とのこと。
おためごかしやきれいごとで誤魔化さない。
だからかかった分はきちんと請求する。
汗を流して働いたら、働いた分だけ報われる。
そんな当たり前のことを率先しているのです。
それにこうやってせっせと集めた銭を無駄に貯め込むことはしません。
身寄りのない子どもらを養ったり、寺子屋に通う余裕のない子らに手習いをつけたり、炊き出しをしたり、養生所に寄付したりと善行を施しています。
他にも自ら門前通りを管理運営することで、地回りなどのやくざ者の介入を排除し、理不尽な所場代の負担から商人らを保護し、境内で月に二度催される市では誰でも自由に商売ができる楽市楽座を実施しております
もしも不埒者どもが知念寺界隈の繁盛ぶりに目をつけて「おうおうおう」と乗り込んでくれば、たちどころに駆けつけて豪腕を振るう頼もしさ。
おかげでまったく由緒がなく規模もこじんまりとしているのにもかかわらず、知念寺はそこそこ繁盛しております。
そんな知念寺の朝はわりとゆっくりです。
他所では陽が上がる前からもそもそと動きだすというのに、知念寺は周囲が白じみだしてから起床です。
これは巌然さまの方針。「寝る子は育つ。未熟者こそしっかり寝ろ」だそうです。
起床後は掃除と朝のお勤め……ではなくて、まずは寝ている間に凝り固まった筋肉や筋を入念にほぐしてのばします。
これまた巌然さまの方針にて「これで血のめぐりがよくなる。しゃんとする」そうです。
ちなみに寝る前にも同じことをさせられます。こちらは「これをやるとぐっすり眠れる。心身の疲れを翌日に持ち越さない」とのこと。
なんでも天竺渡りの古い書物にあった延命長寿の法を参考にしているんだとか。
で、しっかり体をほぐし、目も覚めたところで寺の周囲を十周、読経がてら走ります。なお巌根さまや兄弟子らは鉄下駄を履いてこれをこなしておりますが、さすがにあっしにはまだ無理です。
これが終われば米俵を背にのせて屈伸をくり返す足腰の鍛錬および、腕立て伏せ、さらに境内の隅にある鉄製の物干し台に逆さにぶら下がっては腹筋を苛め抜く。
などなどにて、ほどよく全身の筋肉が盛り上がったところで朝食です。
他所では漬物をおかずに薄い粥を啜っているところを、知念寺ではがっつりです。山盛りの麦飯はおかわり自由。さすがに魚や肉は駄目なので、おかずは大豆を使った精進料理ですが、これまた大皿にてんこ盛り。味噌汁は具だくさんで季節の野菜がごろごろ。
またまた巌然和尚の方針にて「しっかり喰って、しっかり寝て、しっかり鍛えれば、最強!」だそうです。
なお食事は朝昼がっつり、夜軽めといった献立となっております。
おかげで知念寺にいる者たちは、小僧に至るまでみな体格がいいです。
かくいうあっしも肉付きが良くなってきました。すると不思議なもので、あれほど辛く厳しい鍛錬が、なにやら楽しくなってくる。
それはみなも同じらしく、少しでも暇があれば自主鍛錬に余念がありません。
そのせいか、他所では嫌がられてつい押しつけ合いになる水汲みなどの重労働が、知念寺ではやりたがる者ばかりで、早い者勝ちという珍現象が起きております。
知念寺名物のひとつに「托鉢走り」なるものがあります。
他所では静々と行われるそれですが、うちでは威勢よく行われます。屈強な僧たちが二列になっては読経しながら整然と市中を駆ける。速さは駕籠屋ぐらいでしょうか。
そしてお声がかかれば、ぴたりと立ち止まりありがたく施しを頂戴し、相手の家の無病息災を祈り、お経を合唱。最後にみなでびしっと体をくの字に折り曲げて礼をしては、ふたたび走り出すをくり返す。
なお「景気づけにちょうどいい」「なんだか元気をもらえた」「今日も一日がんばれそうな気がする」などと評判は上々です。もっともたまに赤子や幼子にぎゃん泣きされることもありますが。
心身を鍛え、あれやこれやと寺の仕事をこなし、修行に勤しむうちに、あっという間に日が暮れて……。
知念寺では夜更かし厳禁です。
やはり巌然和尚の方針にて「寝ないと筋肉がちっとも太くならない。あと夜は人間の時間じゃないから夜更かししていても、ろくなことがない」そうです。
これが知念寺の一日です。
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