狐侍こんこんちき

月芝

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其の二百四十一 大一番

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 つめかけた観客らが固唾を呑んで見守る中、境内に設けられた賭場にて差し向いに座る男と女。
 どっかと胡坐をかいている熊のような大男は、西の不動と呼ばれる賭博師である。諸肌(もろはだ)となり晒された広い背中には、二頭の雄々しい昇り龍の刺青があって、絡み合いながら競うようにして天を目指しており、大きな目玉がぎょろりと周囲を睥睨していた。
 これと対するのは白いうなじと流し目が妖艶な女にて、東の女狼との異名を持つ賭博師の竜胆である。片肌にて勇ましいさらし姿となり、あらわとなったその背には彼女と同じ名を持つ青い花一輪をくわえている、猛々しくも優雅な虎の刺青があった。
 不動と竜胆、ともに伝説の賭博師・欣也の血を受け継いだ七星のうちのひと星である。

 今宵の大一番。
 竜胆が壺振り役を務め、不動が丁半を張る。
 当たれば不動の勝ち、はずれれば竜胆の勝ち。
 使われる賽子(さいころ)はひとつ。
 ちんたらせずに一発勝負にてすべてを決する。

 まず竜胆が壺と賽子を検め、続いて不動もじっくり確認してから、立会人となる藤士郎の番となった。
 品を手にとり、返すがえす。壺の中をのぞいてみたり、ためしに賽子を転がしてみたりもするが……特に不審な点は見当たらない。
 ここは屋外にて、畳の下は固い地面だから、床下から針を突き刺しては賽の目をいじるなんていう芸当はできない。
 入念に確認しつつ、藤士郎は関係者らの表情を盗み見る。
 やましいことがあれば、なにがしかの反応があると考えたからだ。
 が、それは杞憂であったらしい。怪しい行動や反応を示すものは皆無であった。

「検めました。問題ありません」

 藤士郎が壺と賽子を竜胆に渡す。
 竜胆は壺を右手にて、賽子は片肌となっている左手にて受け取った。
 おそらくは着物の袖下などでいんちきをしていないということを、周知させるためなのだろう。賽子を受け取る前に、わざわざ左手を大きく開いて、指の股をも不動や藤士郎のみならず、親分方や客らにまでさらす。
 念の入ったことである。藤士郎は感心し、立会人の役目に徹すべく賭場の隅へと下がった。

  ◇

 竜胆が壺と賽子を手に両腕を広げて構えたとたんに、境内の空気が変わった。
 大勢集まっては押し合いへしあい、興奮と緊張で肌が汗ばみ、自然と熱気が篭り、満ち充ちていく。上気し体が火照るばかり。焚かれた篝火がぱちりと小さく爆ぜる音がやたらと響く。
 だというのにである。ぞくりと寒気を感じて、おもわず藤士郎はぶるりと肩を震わした。
 まるで冬の朝のように、きぃんと凍てつく。吸い込んだ冷たい息で肺が軋むかのような幻痛を覚えて、眉根を寄せる。
 狐侍にそうさせたのは竜胆と不動の両名である。
 一切視線をそらすことなく、にらみ合うふたり。
 場の雰囲気に流されない。ものすごく集中している。ほんの毛筋ほども周囲の影響を受けることなく、己の世界に没頭している。

 ぴきり、ぱきり……。

 家鳴りのような、あるいは池に張った氷が割れるときのような、そんな音がする。
 でも実際にはそんな音はしていない。気のせい、幻聴だ。
 賭博師らの気迫と気迫がぶつかっている。見えない閃光を発し火花を散らしている。それを察したがゆえのこと。
 剣客同士の立ち合いでも似たようなことは時折り起こる。
 強者と対峙することで影響し合い研ぎ澄まされていく感覚、目の前の相手に集中するあまり、己が剣と一心同体と化し、それ以外のすべてが排除された世界、あるいは領域や境地というべきか。
 刹那、ふだんは見えない景色が視え、感じないことがわかるようになる。

 当人同士だけでなく、見ている者をも巻き込んではその境地へと誘う。
 藤士郎は、そんなふたりの賭博師と間近に接して、あらためて「怖い」と思った。
 なぜなら賭け事にはまるで興味のない藤士郎ですらもが「かっこいい」と強く心惹かれたからである。
 これが博打好きならば一撃であろう。
 七星とはよく言ったもの。なんという眩さ。鮮烈だ。
 まず間違いなく痺れてしまう、一度見たら忘れられない、そしてきっと憧憬を抱かずにはいられない。
 熱に浮かされ、渇望し、よりいっそうこの世界にのめり込む。

 はてさて今宵の大一番に集った者ら、そのうちのどれだけが博打の底なし沼にはまりこんで、抜け出せなくなることやら。
 藤士郎が内心でぞっとしていると、竜胆が厳かな声で告げた。

「それでは――入ります」

 竜胆が広げていた両腕を閉じる。
 左右の手が交わる刹那、立てた人差し指と中指の間に挟まれていた賽子が解き放たれた。
 いかなる技を用いたのか、賽子は宙に留まりながら激しく回転している。
 それを横合いから水平に疾駆してきた壺が呑み込んだひょうしに、からんと乾いた音が鳴った。
 勢いにて着物の袖が翻る。
 竜胆の右手首がしなやかに宙で弧を描き、天へと飛び上がったかとおもえば、すかさず地へと一直線に落ちた。

 たんっ!

 壺が畳へと置かれ、小気味いい音が境内に鳴り響いた。


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