冒険野郎ども。

月芝

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140 かつてない試練

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 じきに順番が回ってきたので、ダンジョン「百面相」の内部へと入っていくパーティー「オジキ」の面々。
 すぐうしろにはご機嫌のアトラがついてきており、俺は小さなため息を零す。
 このダンジョンにて課せられる試練は、こちらの実力に応じて変化する。
 だからものすごく迷惑。
 第一等級のバケモノなんぞといっしょに挑んだら、どんなヤバイ相手が出現することやら。さすがにドラゴンとかはないと信じたい。
 安全面を考慮すれば同行を断るべきであった。
 なのに「いっしょに行きたい」との頼みを振り払えなかった。
 経緯はこうだ。
 列に並んでいるとアトラがモジモジしだす。
 てっきり小用なのかと思い「順番ならば確保しておいてやるから行ってこい」
 俺が耳打ちすると、彼女は「ちがう」

「じつは……わたしは仲間とまともに冒険とかしたことがない。誰も組んでくれなかったから。たまに近寄ってくるのはチカラ目当てのロクデナシばかり……、だからダメ?」

 こちらの服の裾をちょんと指先でつまみ、上目遣いにて瞳をうるうる。
 実力はバケモノだが外見は少女っぽいアトラにこんなマネをされて、俺はおおいに怯む。
 困り果てた俺がキリクを見れば全力で首を横にブンブン。「断れ!」との意思表示。
 しかしジーンは逆に「いいんじゃないのか。そのかわり敵は任せる」と何故だか乗り気に。
 ふだんであれば真っ先に反対しそうな魔導士のこの態度。
 あやしいと問い詰めてみれば、発覚したのはジーンの指輪の素材のこと。
 試練をクリアすると出現する宝箱。中身は対戦相手が手強いほどに良くなっていく仕様なのだが、ジーンが欲しいのは中身ではなくて箱の方だった!
 通常では蓋を開けて中身を取り出すと、自然と消えてしまうシロモノ。地面に固定されており丸ごと持ちかえるのは無理。だが一部ならば削りとることが可能。
 過去に偶然ソレを手に入れたジーン。調べて試してみると、自分の魔力との親和性がおどろくほどいい。以来、粉末に精製した品をずっと愛用しているそうな。
 ジーンいわく「ここのダンジョンの性質から考えて、アトラほどの人物が関わった試練であれば、宝箱自体の質も向上するかもしれん。いい機会だから、ぜひ試してみたい」
 思わぬ援護射撃をもらったアトラが、ここぞとばかりに攻勢に転じる。
 かつてヴァルトシュタイン王との謁見が実現した際には、彼女の助力があったこともあり、俺としても無下には断れない。一人前の冒険者たるもの、貸し借りはキチンとせねばならぬ。
 残る障害がキリクただ一人となったところで、大剣の柄にそっと手をかけたアトラ。
 まばたきを忘れた魚のごとき円らな瞳にて、じーっとキリクを見つめる。
 第一等級冒険者からの無言の圧力。
 これを毅然とはねのけられる斥候職なんぞはいない。

「わかった、わかったから。だからとりあえず剣から手を放せ。あと、何げにオレにだけ当たりがキツすぎる!」

 かくして、平和的な話し合いの結果? 俺ことフィレオ、ジーン、キリク、アトラ、おっさん三人と娘一人の即席パーティーを結成することとなった次第である。

  ◇

 長い通路の突き当りにある大扉を見上げ、一同、いったん立ち止まる。
 装備類よし、道具類よし、体調よし……。互いに見落としがないかの最終確認。
 俺たち三人にとってはいつものことなのだが、それすらも楽しそうにこなしているアトラが不憫すぎる。
 いかに豪華な食事とて一人きりでは味気ないもの。
 同様にどれほど困難な討伐依頼をこなそうとも、喜びを分かち合う仲間がいないのは、さぞや寂しかったことであろう。
 強者の孤独。その一端を垣間見て、俺はちょっと切なくなった。

 準備が整ったところで扉を開ける。
 中は大広間にて視界を遮るものは何もない。明かりも充分。
 全員が足を踏み入れたところで、背後の扉がバタンと勝手に閉じた。
 部屋の中央が陽炎のごとく揺らぐ。
 歪んだ景色の向こうに膨れ上がるのは、何者かの気配。
 すかさず武器を構えた四人。
 伝わる魔力量を察してジーンが驚愕する。

「なんという膨大な魔力……。まさか本当にドラゴン並みの試練が出るというのか!」

 まだ何者かは不明ながらも、とんでもない対戦相手ということだけはわかり、俺たちの間に緊張が走る。
 脅威を前にしてアトラが大剣を手に前面に突出。
 アトラを援護する位置にて弓をかまえたジーン。俺はジーンを庇うように立ち、盾をかざす。キリクは音もなく動き、敵の背後へと回り込む。
 速やかに戦闘態勢を整えたところで、ついに試練が正体をみせた。
 陽炎の中からのそりと這い出してきたのは、緑色の半透明の塊。
 手も足も口もない。ぷにょんぽにょんとした柔らかなクッションのようなモンスター。
 その名を「スーラ」という。

 スーラ。
 莫大な魔力を保有しており、変幻自在にて、体内にてなんでも消化吸収してしまう。魔法耐性がすさまじく、伝説級の大魔導士の魔法を喰らってもケロリとしており、また肉体強度も異常にて、打撃斬撃突撃などのいかなる物理攻撃をも意に介さない。
 というか、表面をつるりと滑ってまともに入らない。
 これだけ聞けばとっても強力なモンスターのように思えるが、じつは攻撃性は皆無にて基本的に人畜無害な生き物。たまに森の奥や街のゴミ捨て場とかでもぞもぞしているのを見かける。
 身近に転がる世界の神秘。
 その潜在能力を活用しようと研究を試みた者は数知れず。
 だが誰一人とて成功はしなかった。
 なぜならスーラがちっとも言うことを聞いてくれないから。
 とにかく懐かない。落ち着かない。勝手気ままにて意思疎通が不可能。行動原理が支離滅裂。
 確保しようと厳重に閉じ込めても、いつの間にか消えているし、苦心の末にいろいろと試験をしてみても、毎回結果がバラバラ。加えて個体差が激しいのでお手上げ。
 まともに付き合うだけ損をするので、時間と労力を浪費して無謀な挑戦をするとの意味を持つ「スーラのバカ」ということわざが生まれたぐらいだ。
 強いはずなのに強くはない。
 その身に宿った絶大なチカラを活かすための知能がごっそり抜けている。
 生態系から逸脱しているという点ではドラゴンなどの超生物と同じ。けれども存在感は希薄。居てもいなくてどっちでもいい。
 スゴイはずなのにスゴくない。
 矛盾の塊のような存在。それがスーラ。
 出現した対戦相手に、俺たちは愕然!

「クッ、こう来たか。完全に想定外だ。よりにもよってスーラが出現するとはな……」

 ジーンが弓を下げたので、みなもそれに倣って黙って武器をおろす。
 そしてぷるぷる震えているだけの緑のスーラを前にして、四人そろって途方に暮れた。


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