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175 喪服の女
しおりを挟む灰色の四角い家々に囲まれた丘。
天辺にあるひと際、大きな四角い灰色の箱。
それこそがシドリアヌス王国の王城。
城というよりも、神殿のような建造物。
入り口は開け放たれており、ここにも誰の姿もない。
俺たちは警戒しつつ、内部へと足を踏み入れた。
◇
城内に滞留している空気が淀んでいる。
廊下に敷かれた石材が、ホコリのベールをまとっており、本来の艶を失い、ややくすんでいた。
ブーツの底で軽く払ってみる。
姿を見せたのはぼんやりと淡く光る瑠璃色。床に何かが映り込んでいる。
見上げた高い天井には、色とりどりの宝石の粒をまいた星空のごとき装飾が施されてある。
あれらが放つ光が複雑に絡み合い、床を瑠璃色に薄く染めていた。
廊下を歩きがてら、左右対象に配置された部屋に立ち寄る。
応接室、休憩室、待合室、給湯室、納戸などにて、とりたてて珍しいものはなし。
ただ納戸や給湯室の棚には思いのほかに物資が充実していた。
給湯室の棚に並ぶ茶壺を手にとったジーン。中身のニオイを確かめ「これはエイジス産のもの。こっちのはオールデイリ産、なんとアエスプ産のものまで! いい品をそろえてある」と感心しつつも柳眉を寄せる。「外部とはほとんど没交渉と聞いていたが、奇妙な話だな」
外界との経路はあの洞窟のみ。街で立ち寄った民家もそうだが、ほとんど鎖国状態というわりには、困窮している様子がない。もしかして定期的に荷が運び込まれている?
俺たちは疑問を抱きつつも奥へと進む。
廊下の突きあたりは広い踊り場にて、二つの階段があった。
右の折り返しの階段が上階へと、左の螺旋階段が地下へとのびている。
城などの建築の場合、謁見の間や貴人の居住区とかはたいてい上階にあるので、まずはそちらを探索することにした。
◇
二階もまた無人。しかし一階とはちがい空気があまり淀んでいない。
やがて大きな両開きの扉の前に到着。重厚な造りにて、いかにもな雰囲気が漂う。
キリクが扉に耳をつけて中の様子を伺う。
「何者の気配も感じられず問題なさそう」と言うので、俺たちは扉を開けた。
縦長にひらけた場所にて、壁にはシドリアヌス王国の国旗が飾られており、足元には朱色の絨毯が敷かれてある。
そこは謁見の間であった。
ガランとしており、奥の段上には誰もいない玉座。
空気が冷えきっている。長らく誰も利用していないのは一目瞭然にて、俺たちはますます困惑の度合いを深めるばかり。
念のために城内はひと通り探索するつもりではいるが、この分では親書を渡すべき相手がいないので、持ち帰るはめになりそうだ。
じきに日が暮れる。
このまま城内に留まるか、いったん外に出て街で過ごすか。
俺がみなに相談しようとした矢先のこと。
最初に異変に反応したのは緑色のスーラ。
いつもはのらりくらりとしているくせに、急に部屋の奥の玉座の方をガバッと向いた。
飼い主であるアトラがそれに気づき、パーティー「オジキ」も視線を向ける。
玉座に一人の女が座っていた。
長袖の黒いロングスカートのドレス。先の尖った黒いクツ。黒いレースの手袋。そして顔には黒いベール。
全身が黒で統一されている。
黒い女を見て、俺の口から自然ともれていたのは「喪服の女」という言葉。
かつてダンジョン「岩壁王」にて対峙した、女暗殺者ウルリカが残した情報にあった正体不明の危険人物。
パーティー「オジキ」はすぐさま武器を手にし、戦闘態勢へと移行。アトラも背負っていた大剣を抜く。
けれども俺がこのとき考えていたのは戦うことではない。
どうやって逃げるか。いかに全員で生き延びるかということ。
理由はわからない。
ただ喪服の女と対峙した瞬間、脳裏に浮かんだのは「闘争」ではなく「逃走」の二文字。
ひと目見ただけで全身の毛穴から溢れ出そうになった汗が、キュッと奥に引っ込んだ。これは……、冷や汗すらもが怯えている?
「さっきまで確かに玉座には誰もいなかったはずだ」俺は小声でつぶやく。
キリクが「物音ひとつしなかった」とうなづき、ジーンも「わたしも気づかなかった」と答える。アトラですらもが「いつあらわれたのかわからない」と驚いている。
このことからして、尋常ならざる相手であることだけは間違いあるまい。
そんな俺たちの内心の動揺を見透かしてか、ベールの向こうで女の顔が「ふっ」と笑ったような気がした。
◇
「おウワサはかねがね。ようこそ、紅風さん……と、その他のみなさん」
喪服の女の声は若々しく、鈴の音のようにリンとよく通った。
けれども、そのわりには妙な老獪さも感じられる。見た目も言葉も若い女性。だというのに、どこか男性的な印象も受ける。まるで老若男女がごちゃ混ぜになったよう。
視覚や聴覚から得られる情報と、冒険者としての直感、肌で感じられるモノらに著しい齟齬が生じており、思考が混乱する。無性に心がざわつく。
喪服の女を前にしているだけで、己が内より不安が止めどもなく溢れてくる。
それがものすごく不快であった。
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