8 / 48
008 家族会議
しおりを挟むポポの里にて休暇を満喫中のわたし。
愛妹カノンを存分に甘やかし、父タケヒコとともに畑で汗を流し、母アヤメと仲良く台所に立つ。ついでに調子に乗っていた幼馴染みのサンタをいちびりへこます。
天剣五姉妹と鉢植え禍獣ワガハイとわちゃわちゃしつつ、剣の母の使命とか、帝国のこととか、小難しいことはしばし忘れて心穏やかなる時間を堪能する。
が、その間も例の夢は続いている。「北へ、北へ」と少女の声がやかましい。あと毎晩同じような夢ばかりにて、いい加減にげんなり。なんだか寝るのが憂鬱になってきたよ。まるで刺さったトゲみたいだ。地味にイラっとする。これのせいでどうにもスッキリしない。
そんなわたしのもとへ、星読みのイシャルさまより伝書羽渡(でんしょはと)が届く。
伝書羽渡は魔術師の呪が込められた特殊な紙。お手紙をしたためて空へと放てば、たちまちトリになって相手のもとへ飛んでいく便利な魔道具。ただし一枚あたりミズル銀貨七枚もする。これって街のちょっとした宿屋だと、十四日ほども連泊できる金額。つまりはとっても高価だということ。だから庶民には縁のないもの。主に使っているのは皇(スメラギ)さま旗下の影たちとか、えらい人とかお金持ちぐらい。わたしも剣の母になるまで、ちっとも知らなかったし。
イシャルさまからの手紙には以下のようなことが書かれてあった。
『おたずねの儀、各方面にて調べるもいまだ有力な情報はなし。
しかし、パオプ国の逸話を集めた書物の中に気になる記述を発見する。
世界が叫哭いているかのような激しい吹雪が明けた早朝。
山の中にある猟師小屋に避難し、一夜を過ごした狩人。
小用のために外へと出た狩人は、ある光景を目撃する。
クンロン山脈の頂き近くに漂う長大なる姿。
朝陽を受けて煌めくその威容は、まるで伝説の金禍獣「青龍」のごとし。
それはじきに何人をも超えることかなわぬ白峰の向こうへと消えた。
なにぶん古い話につき、信憑性についてはわからない。
しかしこれが真実だと仮定すれば、少なくとも金禍獣、もしくはそれに相当するチカラがないかぎりは、山を越えにて北を目指すのは厳しいとおもわれる』
◇
手紙の末尾には調査を継続してくれるとあったけれども、文面を読んだかぎりではあまり期待はできそうにない。
わたしがむーんと唇をとがらしてムズカシイ顔をしていたら、白銀のスコップ姿のミヤビが「ここはやはりアンにがんばってもらうしか」と口にするも、即座に草刈り鎌姿のアンが「……イヤ」と拒絶。
前人未踏の危険地帯にひとりでなんて行きたくない。
というよりも、アンはわたしのそばを離れたくない。ちょっとおつかいを頼まれるぐらいならば、よろこんで引き受けるけど、それ以上は断固拒否。
もっともそれはアンだけに限ったことじゃない。
なにせうちの娘たちはそろいもそろってお母さんっ子なのだから。べったり甘々。この調子では輿入れはまだまだ先になりそう。あぁ、それすなわち我が身にかけられた忌まわしき赤い糸の呪いが発動し続けることを意味している。
超常なるチカラを有する天剣は、それゆえに相応しい担い手を必要としている。
その人物を見つけて譲渡するまでが、剣の母であるわたしのお仕事。
とても重要なお役目ゆえに放棄することは許されない。チカラを私的に悪用するのなんて論外。だからサボるのを防ぐために神々が設けたのが「使命を果たさないうちは、わたしの運命の赤い糸をぶちぶち切りまくる」という枷。「青春を謳歌したければ、気合いを入れてがんばれ」との意。くっ、余計なマネを。
それにしても神さまたちがよってたかって辺境の小娘の幸せを邪魔するとか、もしかして神さまたちってばけっこう暇なのかしらん?
……と、いささか思考が横にそれてしまった。
ひとりがイヤならふたりでというわけにもいかない。かといって出たとこ勝負と、これまでみたいに突撃したところで返り討ちにあうことは明白。
「いっそ穴を掘るというのはどうでござろうか」とはツツミの意見。
道がなければ作ればいいとは、なんと豪気な。
そしてやってやれないことがないのがうちの子たち。
とはいえ私事のために環境破壊ってのはどうなのだろう。
「上がダメなら地下はどうでしょう。パオプにいる地の神トホテならば、何か知っているかもしれませんわ」とはミヤビの意見。
確かにパオプ国のお城の下には迷宮みたいな洞窟が存在している。もしかしたらそのうちのどれかが山脈の向こう側へと通じていてもおかしくはない。
けど地の神トホテと交信するのって、かなり骨が折れるんだよねえ。神坐にて奉納の舞いをしないといけないし。アレはちょっと……。
「……迂回すれば?」とはアンの意見。
超えられないのならば少しぐらい遠回りしても、という一番堅実な考え。
なのだけども、それを許さないのがわたしたちの住む大陸の地形。
神聖ユモ国の北にそびえるユンコイ山脈。これに連なる形にて北東へと連なるのがパオプ国にあるクンルン山脈。
まるで北方域をぐるりと囲むようにして存在している峰々は、彼方にまで伸びている。
ならば逆はどうかというと、西のシーチン大渓谷の先にあるクンルン国の北方にも同様な山々がそびえ立っている。
つまり東も西もずっとこんな感じにて、どうやらこれが大陸の端にまで続いているらしい。
ならば陸沿いに海路を進めば、というわけにもいかない。
大シケにて波高く、荒れ狂い、ずっと嵐状態。年がら年中、そんな海域ゆえにとてもとても。
ゆえに大陸の北方域はずっと未踏とされていたのである。
「非。放置するが吉」とはムギの意見。
無理難題を吹っかけてくる相手なんて放っておけとのこと。
四女はめんどうなことには耳をふさげと言っている。
「不可。呼びつけるなんぞ何様?」とはベニオの意見。
用があるなら自分から来い。
末っ子はなかなか当たりがキツイ。無礼な相手には無礼でけっこうという考えみたい。
天剣五姉妹がかしましく意見交換。しかしなかなか妙案は浮かばない。
するとずっと黄色い花弁を右へ左へとゆらしながら「うーむ」と考え込んでいた鉢植え禍獣のワガハイが「おぉ、そういえば」と言い出す。
「ふむふむ。金禍獣ならばイケるのか。じゃったらチヨコの知り合いに頼んでみるのはどうかのぅ」
ワガハイの言葉でわたしも「あっ!」
そういえば知り合いに金禍獣がたしかにいたよ。
ポポの里の北東部に広がる大森林地帯。
その奥にある湖にでかいのが……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
53
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる