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009 ヌシさま

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 ポポの里の北東部。
 深い深い森を抜けると見えてくるのが、トンガリ帽子のような形をした山三つ。
 これに囲まれるようにしてあるのが、ソラ湖。
 静謐と深淵なる湖。ここで人知れずのんびり暮らしているのが、巨大なカメの金禍獣ヌシさま。
 めっちゃ歳寄りで、めっちゃ物知りで、めっちゃ大きなガタイをしており、グルグル回りながら空も飛べるらしい。
 とっても温厚にて、地域の生態系に気を配るやさしい性格。ちょっとぐらいのおいたなら「かめへん」と許してくれる。
 以前にわたしがソラ湖で釣りに興じた際、あまりの入れ食い状態で調子に乗っていたら、「腹にタマゴを抱えているのは逃がしてやれ」とやんわりたしなめられたのが縁で知り合った。
 そんなヌシさま、じつは草食。
 だからわたしは実家からモンゲエの甘酢漬けの樽と海辺で仕入れた海藻の乾物類などを手土産に、ミヤビに乗ってビューンとひとっ飛び。ソラ湖を訪問した。

  ◇

 湖岸から声をかければ、じきに水面が盛り上がって、小島みたいな甲羅が底より浮上。
 ヌシさまが姿をみせる。

「ひさしいな、剣の母よ。ミヤビ殿も息災のようでなにより。にしても、ずいぶんと天剣(アマノツルギ)が増えたものよのぉ。たいしたものだ。ホォホォホォ」

 前回、この地を訪れたときには第一の天剣・勇者のつるぎミヤビしかいなかった。
 しかしアレからちびちび増えて、いまや五つの天剣がわたしの手元にはある。
 うちの子たちはふだん武器っぽい形状からはほど遠い姿をしている。スコップに鎌に金づち、麦わら帽子とそれに結ばれた細い紐飾り。
 なのにひと目で見破ったヌシさま。なんという眼力。さすがは悠久の時を生きているだけのことはある。
 なんぞと感心しつつ、わたしは恭しくお土産の品を差し出し「じつはご相談したいことがありまして……」
 かくかくしかじか。夢の中の声がうるさいから、ちょっと北へ行って黙らせてきたいという事情を説明。
 海藻の乾物をムチャムチャつまみながら話を聞いていたヌシさま。
 あっさり「かめへんよ、連れてってやろう」と了承。

「しかしあの嶮を越えたとて何もないぞ。不毛な荒地が広がるばかりじゃ」
「そうなの!」
「あぁ、その荒地をずんずん進んだ先には大地の裂け目がある」

 地の底どころか、さらに底の底にまで通じていそうな深く超長大な地割れ。
 それこそ地の神トホテの御座に通じているのではとおもえるほど。
 落ちたらどうなるのかは誰にもわからない。なにせヌシさまですらもが確認したことがないというのだから、人知なんぞは到底およばない。

「えーと、ちなみにその裂け目を超えた向こう側は……」
「終わりじゃ」
「はい?」
「じゃから、終わりなんじゃよ。そこで世界は終わっておる。ぷつんとな。見えない壁みたいなものがあってのぉ。いかにワシとても、それ以上は進めんのだ」

 ゆえに山の向こうに連れて行くのは簡単ながらも、そんな場所にいったい誰が待つというのか。
 とヌシさまは長い首をわずかにかしげる。
 あれ? わたしってば、ひょっとしてダマされている? 夢の中の少女の声に、危険地帯へと誘われている?
「おいでおいで」と呼び出されたところで、もしかして何かされちゃうの!
 でも声の様子からして、あまり悪意は感じられなかったんだよねえ。むしろ切実さばかりがビシバシ感じられるからこそ、わたしもどうにかして行く気になっているわけで。
 そのへんのことも踏まえて、ヌシさまと協議した結果。
 とりあえず行くだけは行ってみようということに話はまとまった。
 だからとてすぐさま出立とはいかない。
 なにせ行先は前人未踏の北方域。
 事前に準備をしっかり整えるだけでなく、聖都にいる皇(スメラギ)さまや星読みのイシャルさまをはじめとして、関係各所にしっかり話を通しておかないと。
 よって出立はわたしの用事が片付いてからということになった。

  ◇

 話がまとまってホッとしたところで、わたしがふと思い出したのは青龍の目撃証言について。
 神聖ユモ国の宮殿の手本となっている伝説の金禍獣・鳳凰と並び称される存在。
 ヌシさまは北方域を「不毛な地」と言ったけれども、だったらどうしてそんな場所に青龍はわざわざ足を運んだのかがちょっと気になった。
 もしや彼の地には金禍獣にまつわる重大な秘密が!
 ……なんてことを危惧した次第である。
 でもそれはとりこし苦労であった。
 なにせたずねたら、ヌシさまってばあっけらかんとこうおっしゃった。

「あぁ、あやつは時おり北の地をおとずれては、不満をぶちまけておるんじゃよ」と。

 肝っ玉母さん。家事に育児にと奮闘中。
 しかし夫はちっとも協力しないし、三人の子どもはどんどん可愛げがなくなり、生意気になるばかり。
 いかに母親とて腹も立てば、イラつくこともある。
 日々の生活の中にて、積もりつもった鬱憤。
 これが人間ならば「キーッ」となって周囲にグチを吐くなり、当たり散らすこともできるけど、金禍獣ともなればそうもいかない。
 うかつに暴れたら、大地が、空が、海が、たいへんなことになっちゃう!
 そこでときおり北方域へとこっそり出かけては「ふざけんじゃねえーぞ、ばっきゃろー!」とおおいに不満をぶちまけ発散している。

 ……というのがことの真相らしい。
 へー、青龍ってば五人家族だったんだ。たった一体でも天災級。そんなヤバいのが五体もいるんだ。はははは、まいったねえ。何げに最強一家じゃない? 青龍さんちってば。
 世界の広さを知り、己の矮小さをあらためて思い知ったところで、わたしたちは帰路につく。
 フム。やっぱり世界ってとんでもねえぜ!


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