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010 政情

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 金禍獣のヌシさまの協力をとりつけたところで、わたしは休暇を切り上げて聖都へと戻る。
 星読みのイシャルさまを通じて皇(スメラギ)さまに北方遠征をおずおず打診すると、いつにない速さにて承認された。ふだんならばもったいぶったやり取りが延々と続いて、ようやくといった流れなのに。
 なにかヘンだ。
 宮廷内の空気がいつも以上に張りつめている。貴族たちが住むカモロ地区の雰囲気もどこかピリピリしている。それに教会や軍関係者の姿がやたらと目につく。
 気になったのでわたしは馴染みの女官であるカルタさんをつかまえて声をかける。
 彼女は影盾に所属しているので、表のみならず裏の事情にも詳しい。
 そんなカルタさんがこっそり教えてくれたところによれば……。

  ◇

 騒ぎの原因はわたしが商連合オーメイより持ち帰ったレイナン帝国の資料。
 帝国の国力は圧倒的。あらゆる面においてこちらを凌駕している。近隣諸国と手を結んで、どうかにか対抗できるかといった状況。
 二つの大陸を隔てる広い海。距離という要因にていまのところは無事でいられている。けれども植物の根のように、じりじりとのびてくる侵略の魔の手。露見した陰謀の数々。レイナン帝国がこちらの大陸をも狙っていることはもはや明白。
 もしも距離の問題を解消されたら、きっとレイナン帝国はいっきに雪崩れ込んでくるはず。
 国家安寧を第一とする皇(スメラギ)さま。影たちを動員して資料の裏付けを急がせつつも、もしも事実であれば講和もやむなしとの考え。あの方は国の守り人。己がすべてを国に捧げている。だから勝ち目のない無為な戦なんぞで民草を死なせたり、国土を疲弊させることを良しとはしない。「自分の首ひとつですむのならば、むしろ安い」とすら考えているし、実際にそれをためらうことなく実行できる人物でもある。

 その在り方は尊く高潔。
 しかしその考えに賛同できないのが、軍部と二柱聖教。
 なにせ帝国は神の存在を否定している。自ら首を垂れて恭順の意を示し、第一等級の特別自治区になれたとしても信仰の自由は認められない。それすなわち二柱聖教の消滅を意味している。これまで国を支えるために尽力してきた彼らとしては、とてもではないが認められることではない。ゆえに教会を支持母体としている第一皇子キミフサの派閥がざわついている。
 軍部に関しては、ただただ忸怩たる思いにて猛反発。
 軍人は戦うことが本分。ときに命を懸けて守ることが仕事。それをさせてもらえない。平時には「金喰い虫」だのと揶揄されながらも、グッとこらえて厳しい訓練を己に課し鍛えあげてきたのは、いざ国難に見舞われたとき、これを退けるため。なのに……。
 彼らからすれば「皇さまは自分たちを侮られるのか! それほどまでに頼りにならぬとおっしゃられるのか!」
 憤りを隠せない軍部。それを支持母体としている第二皇子サキョウの派閥がざわついている。
 今回ばかりは貴族たちとて対岸の火事ではすまされない。国の在り方が変わるということは、自分たちの立場もまた大きく変わる可能性が高いということなのだから。

  ◇

 神聖ユモ国が最終的にいかなる道を選ぶのかはわからない。
 でもそんな揺れる国内情勢の中、俄然注目を集めることになるのが剣の母であるわたしの動向。
 なにせ超常のチカラを秘めた天剣(アマノツルギ)を複数所持している。
 存在そのもが示威となり、牽制となり、ひとたびチカラをふるえば戦の局面をひっくり返すであろう。
 そんな武力を遊ばせておくなんてありえない。
 かくして剣の母を獲得しよう、自陣営にとり込もうとする動きが水面下にて再燃しつつある。
 このまま聖都に滞在していたら、またぞろ面倒ごとに巻き込まれる。しかも前回のような王妃たちの見栄の張りあいに起因したヌルいものではない。それこそ流血や人死をも辞さないほどの熾烈な争奪戦となりうるもの。
 どうやら皇さまと星読みのイシャルさまたちはその事態を憂いて、早々にわたしの出立を許可してくれたみたい。ありがたや、ありがたや。
 そんなわけで防寒具や食べ物など必要な品をちゃっちゃと整え、紅風旅団のアズキに追加の活動資金をドバっと渡して後事を託し、わたしはとっとと聖都を脱出した。

  ◇

 ソラ湖にいるヌシさまと合流するまえに、いま一度、ポポの里に立ち寄る。
 家族に「ちょっと北へ行ってくる」とだけ告げて、ついでに里長のモゾさんには中央の政争のことを報せておいた。なにせここは国の中でも辺境のきわきわ。放っておいたら情報がちっとも伝わってこない陸の孤島だからね。いつの間にか国が滅んでいたとか、そんな笑い話が現実に起きそうな位置だから油断ならない。
「もしもわたし目当てにヘンな連中が近づいてきても、けっして相手をしないように」と念入りに言い含めておく。ぶっちゃけ、この里や家族を抑えられたら、わたしは九割方動きを封じられてしまうから。
 まぁ、里の周囲には四天王がいるし、里にはロウさんやハウエイさんをはじめとした頼りになる面々がいるから、めったなことは起きないだろうけど。うちの家族にしたって父タケヒコがいる。剛腕からくり出される巨斧にて大抵の相手は薙ぎ払えるはず。「すこやか」なる才芽を持つ母アヤメは、精神耐性がすさまじく不屈の魂の持ち主。愛妹カノンにいたってはマオウの加護がある。あの黒馬の銀禍獣が怒れば、数千の軍勢ぐらいたちまち蹴散らしてくれるだろう。
 わたしだって旅の合間にアンの転移能力でちょくちょく様子を見に戻る予定だし、万が一への備えとしてはこれで充分であろう。
 やれやれ。北での用事を終えて帰ってくる頃には、聖都の方もちょっとは落ちつきをとり戻しているといいんだけど。


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