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039 ナジン丘陵の戦い

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 大軍同士が向かいあうには、それ相応に広い土地が必要となる。
 となれば連合軍とレイナン帝国軍が対峙できる場所は限られてくる。
 神聖ユモ国内を縦断しているアマノ河。これをさかのぼり北部域へと入ってすぐのところにあるのが、ナジン丘陵。
 なだらかな斜面が幾重にも折り重なって、波打つように起伏している地形をしており、その中に小山がいくつも点在している。真上からみると迷彩柄にて自然の塹壕のようであり、ちょっとした迷路のようでもある。
 大きな綿毛のような形をしたヨロズベニフサの群生地としても有名で、一帯が目の覚めるような薄紅色の衣をまとっているかのよう。
 攻めるに難く守るに易い天然の要害。
 この地が第二次迎撃戦の舞台となる。
 遠目には景勝地ながらも、いざ足を踏み入れるとおもいのほかに険しく視界が悪い。斜面や丘などが盛り土の役割を果たしているから、直線的に放たれる砲撃とは相性が悪い。
 ハルラ平原での戦いで完膚なきまでに叩きのめされた教訓から、連合軍側はここを決戦の地に選んだ。

  ◇

 足並みを乱すことなく、粛々と道すがらにあった地を平定しつつ、ナジン丘陵へと到達したレイナン帝国軍。
 率いるラクシュは小高い丘に立つ。
 はっきりしない天気。曇天の下、吹く風がやや冷たい。
 乱れた髪を撫でつけ、金狼将軍は地形を一望してから「なるほど」とつぶやく。

「ここであれば先の二の舞にはならぬという算段か。どうやら今回はちゃんと考えているようだな。うむ、悪くない。だが……」

 一瞬、ラクシュの金色の瞳が鋭い眼光を宿す。
 視線の先には、自軍から向かってナジン丘陵の右側に位置しているアマノ河の姿があった。広い河幅に豊富な水量。ユモ国千年の繁栄を支えてきた悠久の流れ。

「すぐに人をやって上流の河沿いを調べさせろ。この地に通じる支流、もしくは水門らしきものがあれば、ただちに報せるように」

 自然の迷路。深くに敵勢を誘い込んだところで、堰を切り水攻めで一網打尽にする。
 ここの入り組んだ地形であれば、それが可能であると判断したラクシュ。
 もしも成功すれば帝国側の被害は甚大なものとなろう。
 ただしこの方法には難がある。
 囮役となった者たちも水に沈む。それも決して少なくはない数が。
 まるで自身の手足を自ら切り離すような行為。目先の勝利と引き換えに内部に抱えることになる不平不満、不信感はいかほどか。これはあまりに危うい。

「ここが見極めどころか……。今回の出陣において神聖ユモ国はパオプとクンルン両国からの援軍だけでなく、多数の義勇兵をも動員しているとのこと。
 もしも義勇兵たちを前面に押し出し、囮として使い捨てるようならば、それまでだな。もはや交渉をするに値しない。頼むから私を失望させてくれるなよ」

 いまいちど曇天をにらんでから、ラクシュは身をひるがえす。
 毅然と歩きながら側近に命じた。

「みなを集めろ。軍議を開く」

  ◇

 先のハルラ平原のときとはちがい、ナジン丘陵での戦いは静かに始まった。
 隊列を乱すことなく、一定の速度で進軍を続けるレイナン帝国軍。
 迎え撃つ連合軍は機動力のある小部隊を多数編成。地の利を活かした待ち伏せと襲撃をくり返す。相手の戦力を削りつつ、精神を疲弊させ、なおかつ正確な位置を把握するのには有効な手段。
 おかげで序盤の戦いはやや連合軍側が優勢であった。
 だがそれも戦いの場所が丘陵地帯の中央付近へと移るまでのこと。
 襲撃に対するレイナン帝国軍の反応が異様に鈍い。戦いには応じるもののあくまで守りの型を崩さない。挑発にのることもなければ、ムキになって突出することもない。あわてず必要に応じて淡々と対処するばかり。
 レイナン帝国軍はまるで大山のようであった。
 連合軍の小部隊はその周囲を這いずり回るネズミにて、いくら騒ごうとも山はビクともしない。穴を穿って内部にくい込もうとするも硬すぎて歯が立たない。
 現時点で表面的には双方ともに被害は軽微ながらも、じりじりと帝国側に押されている。
 先に焦れたのは攻めあぐねていた連合軍側であった。このままではマズイと判断し、ここにきてまとまった一軍を戦線に投入する決定を下す。

 比較的道幅のある場所にて真正面から激突することになった両軍。
 拮抗を保っていたのはほんのわずか。
 じきに怒号と剣戟が入り乱れた状況となる。
 後方から前線の戦いの様子を静かに見守っていたラクシュ。

「装備類にまるで統一性がない。実力もばらばら。そのくせ士気だけは異様に高い集団……。アレが例の義勇兵たちか。大部分が剣の母チヨコを信奉する紅風旅団の人間で構成されているというが、よりにもよってそんな連中を最前線に投入するとはな。
 皇子たちはいったい何を考えている。
 よもやとは思うが、剣の母の怒りの矛先をこちらに向けさせるつもりならば、それはとんだ下策だ。あとでどうとでもとり繕えるとの考えならば、あまりにも浅慮がすぎる。
 いや、しょせんは世界が自分を中心に回っていると、かんちがいをしている類の人間ということか」

 知らず知らずのうちに柳眉が寄り、険しい表情となっていたラクシュ。
 その頬にぽつりと落ちてきたのは小さな雨粒。
 いよいよ空が限界を迎えようとしていた。

「頃合いか。すみやかに準備を整え、ことに備えよ」

 ラクシュの命令を受けて即座に工兵部隊が動き出す。


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