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 町中に響くサイレン。風にのって漂ってくる焦げた臭い。
 何台もの消防車が出動している。
 火事が出たのだ。
 現場に駆けつけた消防士らが、懸命に鎮火に努めるも、炎の勢いに押され気味。
 それもそのはず、なんと火元は材木屋。
 乾燥した木材が大量に備蓄されていたので、乾燥気味の空気と相まって、これがまたよく燃える。
 轟々と天を焦がすほどの炎の柱。あまりの迫力に集まった野次馬たちもビビるほど。
 そんな場所に息せき切ってやってきたのは、二人の女の子。

 ここの先代のおじいちゃんとは顔見知りにつき、心配して駆けつけたミヨちゃん。
 性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っている彼女だが、愛らしい笑顔にて「お年寄りキラー」の異名を持つ必殺の小学二年生。
 興奮した連中が集まっている火事場なんぞに、親友を一人で行かせるわけにはいかないと、ついて来たのはヒニクちゃん。一日平均百文字以下の言語で過ごす、筋金入りの無口な性質ながらも、ミヨちゃんのこととなると、俄然、やる気を見せる女の子。

「あっ! ヨネダのおじいちゃん。だいじょうぶだったんだ……」
「おっ、ミヨちゃんじゃねえか。わざわざ心配して来てくれたのか。ありがとうなぁ。ホレ、このとおり、ピンピンしとるわい」

 カカカと笑って見せたのは、甚平姿のご隠居。
 絶賛、燃え中の材木屋の先代。あまった角材なんかで、積み木やオモチャなんぞを拵えては、近所の幼稚園なんかに寄付している、とってもいい人。
 彼の口から家族や従業員らも全員無事、怪我人もいないと聞いて、ほっと安堵するミヨちゃん。
 詳細はまだ不明ながらも、どうやら漏電が火事の原因らしい。

「まあ、せっかく来たんだ。こんだけの火事なんて、めったに見れるもんじゃなし、ゆっくり見ていくがいい」

 自分の家が燃えているというのに豪気な発言。これには周囲の大人たちもビックリ。
 てっきりカラ元気なのかと様子をうかがうも、そんな素振りは微塵もない。それどころか消防の連中に「近所に飛び火しないかだけ、気をつけてくれよ」と言う始末。

「たしかにスゴイけど。ほんとうに、いいのかなぁ……」

 ミヨちゃんは他人の不幸を笑えるような子ではないので、どんな顔をしていいのかわからずに、困惑している。
 するとヒニクちゃんが長らく閉じていたその口を、おもむろに開く。

「強い人は、現状を嘆かない」

 私が銀行だったら、あの人にお金を出すわね。
 だってこの状況すらも、豪快に笑い飛ばせるんだもの。
 とっても腹も肝も据わってると思うの。 
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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