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60 えらい

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 市役所の新館の一階は、多目的ホールとなっている。
 演奏会が開かれたり、催事場として使用されたり、各種展示なども行われる。
 現在は、市内の学校より集めた子供たちの美術作品を展示している。

 会場内にて市長以下、主だった議員や関係者らを前にして、作品の解説を行っていたのは、長い白ヒゲの絵描きの先生。地元出身のそこそこ有名な芸術家らしく、今回の展示に際して選考委員として招かれた。
 彼が紹介しているのは、自分が賞を与えた作品たち。

「これは拙いながらも対象への想いが溢れております。ここまで気持ちを込められるとは、プロでもなかなかおりませんよ。内弟子にして育てたいぐらいじゃ」

 白ヒゲ先生が褒めていたのは、一枚の絵。
 神社で昼寝をする、黒と黄と白のぶち猫を描いた作品。作者はヤマダミヨ。
 モフモフをこよなく愛するミヨちゃん。なのにまったく振り向いてもらえないという、重たい十字架を背負いし小学二年生。神社の境内でマメを投げればハトが逃げ、散歩しているワンちゃんに手を伸ばせば唸られ、野良猫なんて姿を見ただけで毛を逆立ててシャーと吠える。
 白ヒゲ先生は知らない。幼女が双眼鏡片手に、一心不乱に、この絵を仕上げたことを。 
 悔しい思いのたけを、一筆ごとに塗りこめたことを。
 プロをしてスゴイと云わしめることからして、ミヨちゃんの無念ぶりは察するに余りある。これは彼女の哀しみが産み出した芸術作品なのだ。

「ほうほう、これはなかなか。子どもらしさの中に溢れる情念。猫に対する熱い想いが伝わってきますな。よっぽど猫好きな子なのだろう」

 解説を受けて、市長がそんな言葉を口にする。
 これに愛想笑いを浮かべて、追従した感想を述べる周囲の大人たち。
 そんな忖度(そんたく)まみれの一団を、遠目に見ていたのは、二人の女の子。
 性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。
 クラスでも無愛想で通っているのだが、ここぞという時に、あまりにも辛辣な毒を吐くので、級友たちのみならず、先生たちからも密かに警戒されているヒニクちゃん。
 ミヨちゃんの絵が受賞したというので、揃って見に来たのだけれども、人だかりができており、ちょっと近寄れそうにもない。

「ねぇ、えらいって、何なんだろうね」

 自分の絵の前でガヤガヤしている大人たちを眺めて、ぽつりとミヨちゃんがつぶやいた。
 しばし考え込むそぶりを見せるヒニクちゃん。
 やがて長らく閉じられていたその口が、おもむろに開く。

「かわりが効かない人」

 えらいはスゴイ。えらいはタイヘン。えらいはリッパ。えらいはシンドイ。
 世の中には、いろんな『えらい』があるけれど。
 かえの効く政治家と真の芸術家の価値なんて、比べるまでもないと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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