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61 ポクポクちん
しおりを挟む下校時の通学路に、影がのびる。
自分の動きに合わせて動く影を面白がって、はしゃぎながら歩く二人の女の子。
ふわんと風にのって漂ってくるのは、お線香の匂い。
かすかに聞こえてくるのは読経の声。
どこかの家で、法事でもしているようだ。
「わたし、この匂い、スキ」
そう言って鼻先をヒクヒクさせているのは、性格の良さが災いして、なにかと級友たちからは雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。真っ赤なランドセルが似合う小学二年生の女の子。
祖母と同居しているせいか、家に仏壇があるのが当たり前の生活につき、抹香くさいのはすっかりお馴染み。彼女にとっては、むしろ安心できる匂いなのである。
いっしょになって鼻をクンクンさせていたのはヒニクちゃん。クラスでも極端な無口で通っており、たまに開かれては吐かれる言葉がわりと刺激的。そのせいで密かにみなの注目を集めていることを、知らぬは当人ばかりなり。
ちょうど進行方向から漂ってくる匂い。
近づくほどに濃くなり、お坊さまの声も次第にはっきりしてくる。
ぽくぽくぽく、調子よく木魚を叩く音。チーンとお鈴(りん)を鳴らす音も聞こえてきた。
「アレっていい音がするよね。でもかってにチンチンすると、おばあちゃんに怒られるんだ」とミヨちゃん。
実際に叱られたらしく、テヘへと照れて見せた拍子に、かわいらしい八重歯がちらりと顔をのぞかせる。
「でもじっとしてるのはニガテ。足がビリビリしびれちゃうから」
法事の際に、大人の真似をして正座で頑張ったものの、あとで悶絶したことを思い出し、ミヨちゃんが顔をしかめる。
自分にも経験があるらしく、ヒニクちゃんも柳眉を寄せた。
先ほどから片方が一方的に話しかけているが、このスタイルこそが二人の日常。
だからミヨちゃんは気にせず、おしゃべりをする。相手がちゃんと話を聞いてくれていることは知っているから。
すると久しく閉じられていたヒニクちゃんの口が、おもむろに開いた。
「いいお坊さんほど、いい腕時計をしている」
マラソンのランナーは腕時計でペースを守る。速過ぎると倒れるもの。
お坊さんは読経のペースを守る。速過ぎると聞き取れないもの。
一人よがりのこなれた流暢さよりも、たどたどしさが心に響くこともあると思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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