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125 愛執
しおりを挟む猫の額ほどの土地に、建ぺい率を目一杯まで活用した家々が密集している住宅地。
その中に、この地域には、あまりにも場違いな豪邸があった。
かつてはお金持ちの夫婦が、二人っきりで住んでいたらしいのだが、奥さんが病で亡くなった後に、いつのまにか旦那さんも姿を消し、いまでは誰も住む者のいない家。
正面の重厚な門扉の鉄格子の隙間から、敷地の中を覗いてみると、左右に木々が生い茂った並木道が門から奥へ奥へと、真っ直ぐに延びており、突き当りに出窓がたくさんある、二階建ての洋風の館がそびえ立っている。
まるで物語に登場する深窓のご令嬢なるものが、今にも窓辺に姿を現しそうな雰囲気を漂わせている。
しかしその美麗な外観とは裏腹に、子どもたちの間では、この豪邸は「お化けが出る館」であるというウワサが、まことしやかに囁かれていた。
なんでも学習塾の帰り道に、この館の前を通りかかった男の子が、ふと館の窓のほうを見てみると、白いドレスをきた女性の姿を目撃したとか。夜中に犬の散歩をしていた近所の人が、夜更けにもかかわらず、黒いサングラスをかけた老人が杖をつきながら、館の周囲をゆらゆらと歩いている姿を目撃したとか。この豪邸の敷地内に入った野良猫や鳥たちが、二度と戻ってくることがないだとか。
なんとも子どもたちが喜びそうな怖い話が、尾ひれをつけて拡がり、教室の片隅にたむろする可愛い子スズメたちの格好の話題にのぼる。
「くだらない……、オバケなんているわけないじゃない」
そう切って捨てたのはクラスのオシャレ番長のアイちゃん。
すると、すかさずリョウコちゃんが「じゃあ、こんど探検にいってみる?」
ゆれるポニーテールには、ちょっぴりイジの悪い笑み。実はアイちゃんが、この手の話が苦手なのを知っていて、からかったのである。
これに普段は大人びているアイちゃんの瞳が泳ぎ、「うっ、いや、その」と怯む。
ウリウリとリョウコちゃんがアイちゃんで遊んでいるうちに、なんとなく下校時に行ってみよかという流れになりかけたところで、ストップをかけたのはチエミちゃん。
「えー、私はパス。だって怖いのイヤだもん。あと、やぶ蚊とか大きなクモとかいそうだし」
実に素直な意見にて、放課後の探検を拒否。虫の話でリョウコちゃんも前言を撤回。なにせ彼女は、ホットパンツからのびる美脚がトレードマークのような運動少女。素肌丸出しで、蚊の大群と対峙するなんて冗談じゃない。
アイちゃんは、ほっと胸を撫でおろす。
「ねぇねぇ、どう思う? いるのかな?」
それまで、輪に加わって話を聞いていたミヨちゃんが、隣にいたヒニクちゃんに意見を求めた。
怖がりのくせに、ミヨちゃんはこの手の話がわりと好き。テレビにて心霊特番とかがあると必ず見ちゃう。そして夜にお母さんかおばあちゃんの蒲団にもぐり込む。
たずねられたヒニクちゃん、しばらく考え込む。
彼女は、この手の話がわりと平気。なにせ自宅は人形作家である母の工房も兼ねているので、怪しげなパーツが日常的にゴロゴロ。そんな環境で育ったせいか、そっち方面の感性は恐ろしく鈍い。
「わたしが聞いた話ではねぇ。なんでも前に住んでいた夫婦の、死んだ奥さんのユウレイが出るんだって」
ミヨちゃん情報によると、この夫婦はとっても仲むつまじかったのに、奥さんが突然の病で急死してしまう。最愛の人に先立たれた夫は、昼を夜をと嘆き悲しみ、その涙が枯れることがなかった。
すると彼の想いが天へと通じたのか、夜な夜な彼の枕元に妻が姿を現すようになった。そして暗い水底のような、闇の静寂の中でのみ許される、生者と死者の逢瀬が始まる……。
「たとえ体を失っても二人の愛は変わらない。なんだかとってもロマンチック」
少女マンガ好きがこうじて、幾分そちらに毒されているミヨちゃん。不気味な怪談が、いつの間にやら、ちょっといい話風に改ざんされたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「親しき仲にも礼儀あり。出るなら昼間」
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わざわざ夜更けを選ぶはずがない。だって夜だと気味が悪いから。
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……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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