上 下
126 / 1,003

126 明察

しおりを挟む
 
 十年ほど前に、当時の政府が国家百年の計と大々的に銘打ち、年間の国家予算の五分の一もの莫大な金をつぎ込んで、鳴り物入りで新設された、とある研究施設があった。
 そこに集ったのは選りすぐられた人材ばかり。各分野で名を馳せた研究者たちが、自慢の研究チームを引きつれて参加するだけでなく、事務員以下全員が、有名大学をトップクラスの成績で卒業し、各省庁や一流企業で活躍していた人ばかり。なかには自身で会社を興し、充分な成功を収めている人もいた。
 まさに国の将来を担うエリート中のエリート集団。
 だがこの研究所は先月末に、たいした研究成果を上げることもなく、莫大な負債だけを残して閉鎖されることとなる。
 これほどの予算と人材をかけた国家的プロジェクトが失敗したのだから、当然のごとく各マスメディアは原因究明と責任の所在について、厳しく言及することとなった。
 おかげでここのところ、新聞紙面やテレビの画面の中ではこの話題で持ち切り、世間ではけっこうな騒ぎになっている。

 下校時に通りかかった電気屋の軒先にて。
 ショーウインドーに置かれた大きなテレビにて、ワイドショーのコメンテーターが声高に叫んでいるシーンを目撃したのは、二人の女の子。
 今回の出来事を目の当たりにして、「どうしてダメになったのかしら?」と小首をかしげていたのは、キャラメル色のくせっ毛のはしが、ピロロンとはねているミヨちゃん。真っ赤なランドセルも好きだけで、ちょっと手さげかばんにも憧れてる小学二年生。
 そんな幼女にとって今回の出来事は、ふしぎ以外のなにものでもない。
 なにせ頭の良い人たちが、あんなに大勢集まって作った組織の運営が、巧くいかなかったのだから……。
 隣にて、ひたすら黙ってテレビのモニターを注視していたのはヒニクちゃん。見た目こそはお人形のように愛らしいのだが、どうにも無口な性質にて、ほとんどしゃべることなく一日を終える子。
 どうやら彼女には、すでに今回の国家百年の計の失敗の原因が分かっている様子。
 普段から自分の感情を極力、表に出さないヒニクちゃんではあったが、そんな彼女とのつき合いが長いミヨちゃんの目は、わずかな変化も見逃さない。

「ねぇ? 教えて」

 ミヨちゃんの、ちょっとモジモジしつつ、まるで穢れを知らない子猫のようなつぶらな瞳で、じーっと見つめる攻撃。
 これには鉄面皮に定評のあるヒニクちゃんも陥落。
 観念して、長らく閉じられていたその口を開いた。

「敗因は文学部出身者が一人もいなかったこと」

 船頭多くして船山に登る。
 ことわざは先人たちの知恵。
 少数精鋭って話は有名だけれども、多数精鋭って話は聞かないと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。

※船頭多くして船山に登る。
 船長さんが多いと、指揮系統が統一されずに、船の運航がタイタニック状態になりかねないことを表すことわざ。指図するものが多すぎると、まとまりがつかず、かえって物事が、うまくいかないという意味。
 ひょっとして現在の各省庁などの政府機関が、うまく機能していない原因は、ここにあるのかも……。


しおりを挟む

処理中です...