128 / 1,003
128 酷評
しおりを挟む人口のわりには、やたらと大きな庁舎が無駄に威風を放っている市役所。
そんな庁舎の1階は、北と南の二つのブロックに分かれており、正面入り口に面した北ブロックには、各種相談窓口が軒を連ねており、連日、朝から晩まで多くの市民がこちらを訪れて、つねに賑やかであった。
だがそのフロアの先にある南ブロックにまで足を運ぶと、先ほどまでの喧騒とはうって変わる。歩いていると、フロア中に響き渡る自分自身の足音にまるで追いかけられているかのような、錯覚を覚えるほどの静けさ。
こちらの南ブロックは、普段は人っ子ひとり近づかない空間なのだが、事前に申し込んでおけば、市民ならば誰でも利用ができる多目的フロアとなっており、このスペースを使って、ちょっとした演奏会や朗読会、それから美術品の展覧会などが、まれに催されていた。
本日は、そんな多目的フロアの一角で市内で活動をしている絵画サークルによる作品の展覧会が行われており、サークルのメンバーやその関係者、一般客などでちょっとした賑わい。
壁に展示された作品は、サイズもモチーフもタッチも画力もバラバラ。
あるものはデッサンの定番であるテーブルの上に置かれたリンゴを油絵で描き、またあるものはヨーロッパの街並を思わせる風景を水彩画で描いており、なかには見た人が全員、思わず小首をかしげるような珍妙な抽象画もあった。
実に個性豊かな絵画が、来場客たちの目を愉しませる素人画家たちによる展覧会。
その会場に紛れ込んでいた二人の小学生の女の子。
壁に掛けられた奇妙な抽象画を前にして、キャラメル色のくせっ毛の頭を右へ左へと揺らしげながら、頭の中にハテナのマークをいっぱい浮かび上がらせている女の子。
生来の性格の良さが災いしてか、なにかと級友たちから雑事を押しつけられ、クラスでもお人好しで通っているミヨちゃん。
そんな彼女の隣で同じように、その黒髪の頭を右へ左へとかしげながら、頭の中にハテナのマークをいっぱい浮かび上がらせていたのが、クラスでも無愛想で通っているのだが、ここぞという時に、あまりにも辛辣な毒を吐くので級友たちのみならず、先生たちからも密かに恐れられているヒニクちゃん。
二人の女の子たちの小首を左右にコキコキさせていたのは、大きな抽象画。
四十号ものキャンパスに描かれた超大作。
苔むした水槽のような緑の一面に、あちらこちらに大小無数の波紋が浮かんでおり、それらの中央には、無造作に投げ出された内蔵のような肉の塊っぽい、ピンク色の物体が転がっている……。
これだけでも少女たちを困惑させるには充分すぎるのに、
作品のタイトルが『糸満乙女(いとまんおとめ)』
絵の下の作品説明によると、糸満乙女とは沖縄の糸満という地で、魚売りを生業としている女性たちのことを表すらしい。
「どういう意味なんだろう? どうしてコレが乙女になるの」
隣にいるヒニクちゃんに、ひそひそと小声でたずねるミヨちゃん。
ヒニクちゃんはこの素朴だが真っ当な問いかけに、ただただ黙って、静かに首を横に振るばかり。ちらりと側にいた背広姿の男性を見上げたら、ツイと視線をそらされた。
どうやら見た人を困惑させるという点においては、大人も子どもも関係ないようである。
二人が抽象画を前にして、このようなやり取りをしていたら、なにやら会場の一角が、がやがや騒がしくなる。
何事かと視線を向けると、そこには今回の展覧会に参加した絵画サークルのメンバーらしき人たちが、お互いの作品を眺めながら、お互いに褒めあっている光景があった。
このタッチはスゴイだとか。あの表現は素晴らしいだとか。視点が斬新だとか。
なんとも空々しいほどのお世辞の言葉に、とってつけたかのような論評の応酬。
芸術の場にすら持ち込まれる、大人の悲しい社交辞令の数々。
これを耳にして、ミヨちゃんが何の屈託もなく「へえー、なるほど。あの絵ってそんな意味があったんだぁ」と感心している。
すると、おもむろにヒニクちゃんが、閉じていたその口を開いた。
「腕の悪い芸術家ほど作品を褒めあうって、誰かが言ってた」
芸術とは何か? 答えは人のエゴイズム。
あといかなる天才でも、生きてるうちは死後の自分の作品を越えられない。
死んだら価値があがるだなんて、当人たちも心中複雑だと思うの。
……なんぞとコヒニクミコは考えている。
※エゴ = エゴイズム。自分勝手、わがまま、利己的の意味。
0
あなたにおすすめの小説
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる