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208 特別席

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 コヒニ家では、週末に父の実家にお墓参りに家族揃って出かけた。
 その際に飛行機を利用したときのこと。
 父、母、ヒニクちゃんの三人が並んで座っていると、離陸前に、ちょっと騒動が起きた。
 赤ちゃんを連れた若い母親がいたのだが、この赤ちゃんが泣きやまない。どうやら母親の不安を敏感に察したようで、自分も心細くなってしまったみたい。
 そしてその母親をビビらせていたのが、ヒニクちゃんのお父さん。
 二メートル近い偉丈夫。サングラスを着用した姿は未来から来た殺人サイボーグのよう。ならばとサングラスを外したら、タカの目のような鋭い眼光が現れて、初見時の子どもは、もれなく涙ぐみ、最悪、漏らす。
 見た目だけにて周囲が勝手に忖度(そんたく)する男。それがコヒニイサム。
 その正体は妻サユリを愛し、娘のクミコを溺愛する、家族想いのナイスガイ。
 だけど見た目はヒットマン。
 そんな人物がすぐ側にいる……。
 しかも赤ん坊が泣きやんでくれなくて、母親、ぷちパニック。
 何か困っているようなので、「どうかしましたか?」と声をかけたイサム。
 が、親切心がアダとなる。
 母親、金切り声をあげて、機内をおおいに賑わせた。

 騒動と誤解に関しては、出来る添乗員が同乗していたので、ことなきをえたものの、頭ではわかっていても、怖いモノは怖いのが人情。
 顔は真っ青、どうにも震えが止まらない。
 赤ちゃんや母親の精神衛生上、コヒニ家とは距離をとるべきだろうとなったのだが、問題はコヒニ家の、主にイサムの引き取り先。時間も押していることだし、とっとと開いている席に移動させたいところだが、肝心の受け入れ先がみつからない。
 添乗員さんが「おそれながら……」と声をかければ、付近の客らが一斉に顔を、さっと背ける。どれだけ安全だと言われても、トラの檻に平然と入れる猛者なんて、そうそういないのだ。
 ましてやコヒニ一家三人まとめてだと、選択肢は極端に狭まる。
 協議の結果、家族がバラけることで同意。
 父イサムは機内でもっともパーソナルスペースが確保されている、特別な座席へ。
 母サユリは適当に開いてるところに。
 娘クミコことヒニクちゃんは、マニアの間ではプラチナシートと呼ばれている席へ。

 プラチナシート、それは添乗員さんらと向かい合わせになる座席のこと。空飛ぶ制服が大好きな人にとっては、料金を倍払ってでも座りたい場所らしい。
 でも幼女にとっては興味なし。職業的にも憧れが欠片もなかったので、ほぼほぼ通常通りにて地蔵のごとく鎮座。
 ヒニクちゃんのことを、よく見知っている者ならば、それが普段通りだとわかるのだが、初見でコレを見抜くのは、不可能につき。
 また彼女は黙っている分には、お人形さんのように愛らしい。
 添乗員さんたち、「大人の都合により、急に親御さんらと引き離されたから、きっと心細いんだわ」と誤解。やたらと構うことになる。
 構うというか、傅くというか、可愛がるというか、これには幼女も辟易。

 そんな苦行が一時間ちょっと続き、ようやく終わるかと思われたとき、飛行機がちょっと乱気流に入ってしまい、そこそこ揺れた。
 機乗中はずっとシートベルトを外さないヒニクちゃん。小柄で軽量ということもあり、とくに被害もなかったのだが、オトナたちはわりと大騒ぎ。
 これをおさめるために添乗員さんらが奔走することとなった。

「なんだか、たいへんだったんだねぇ。ヒコウキにはのってみたいけど、こわいのはヤダなぁ」

 ヒニクちゃんから週末のお墓参りの話を聞いて、こんな感想を零したのはミヨちゃん。
 月曜日の朝、登校中の道行にて。
 二人はとっても仲良しにて、いつも一緒に下校しているが、登校はあえて別々にしている。
 朝というのは、各々の家庭事情などによって、微妙に生活リズムが異なるから。
 これをヘタに他人に合わせようとすると、どこかにムリが出て、知らず知らずのうちに負担となる。こういう細かいモノの積み重ねが、いずれは人間関係を破綻させるのだが、幼女たちがそんなことを知るハズはない。
 たんに一人っ子のヒニクちゃんと、三人兄妹のミヨちゃんのところとでは、朝の忙しなさがまるで違うということ。洗面所、トイレ、朝食……、なにもかもがごちゃごちゃと慌ただしい、ヤマダ宅。そこに更なる混乱をもたらすなんて、ヒニクちゃんにはムリ。

 家を空けている間、ヤマダ宅にて預かってもらっていたペットのゾウガメのポン太の様子などをミヨちゃんから聞きながら、校門をくぐる二人。
 昇降口の下駄箱にて上履きにはきかえているところで、ポツリとヒニクちゃん。

「墓参りについては、とくに何もナシ」

 安心、安全、大丈夫だから心配しないで。
 やたらと連呼されると、かえって不安になる飛行機。
 あと、とりあえずお父さんとの家族旅行は、当面、無理だと思ったの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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