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282 ムシ
しおりを挟む動物愛護週間が終わったと思ったら、今度は衛生保健週間が始まって、毎日の手洗いうがいがきびしくなった。
毎朝、ホームルームが始まると、まず保健係の子が、みんながハンカチとポケットテッシュを持ってきているのかをチェックすることから始まり、トイレの後や給食前の手洗いなどが監視下におかれた。
女の子たちは日頃からエチケットにはきびしいので、互いに補正が入るのでほとんど問題なし。だけれどもワンパク盛りの男の子たちはそうはいかない。
おおくのクラスの保健係たちが苦労している中にあって、一人涼しい顔をしていたのはミヨちゃんのところの保健係の子。
まずここにはオシャレ番長であるアイちゃんがいるので、女子たちの意識が高め。それだけ見る眼が養われており、とってもきびしい。
鼻水を服の袖でゴシゴシとか、濡れた手をズボンでふくなんて、言語道断。
とたんに女子たちから総攻撃を喰らって、悶絶もの。
だがそれでも我が道を貫こうとする猛者はいる。
けれども規律を守らぬ者がたどる末路はひさんだ。
保健係と裏で手を組んでいる飼育係のチエミちゃんに、ヒニクちゃんが全面協力にて実施される、帝王パッソの刑に処されてしまう。
小学校の飼育小屋に君臨するオスのヤギ。とっても気性が荒くて、気まぐれ。そして頭突きは校長先生の新車のドアをベコンとへこませるほどに強力。
そんなおっかない帝王の間に、放り込まれること十分というおそろしい刑なのだ。
おっきな六年生の男子どころか大人の男性教諭すらをもぶっ倒す暴れん坊と二人っきりだなんて、小学二年生にはあまりのも酷な状況につき、おかげでミヨちゃんのクラスの男子たちはとってもいい子に過ごしているというわけ。
男子にとっては悪夢のような恐怖政治下におかれた衛生保健週間。
それが終わりと告げたとき、彼らはそれはもう浮かれまくった。
どれくらい浮かれたのかというと、外国の映画とかで大学を卒業した学生たちが、ラストでヘンテコな四角い帽子を「ひゃっほー」と空にぶん投げるぐらいに。
次にはじまったのは読書週間。
これはべつにどうってことはない。期間中に一冊ぐらいは本を読みましょう。図書館を利用しましょう。といったことが書かれたビラをもらって、あとは各自の裁量にまかせるというもの。
クラスによっては、感想文を課すところもあるそうだけれども、ヨーコ先生はしなかった。
おかげでひさしぶりに、ほんわかした空気に包まれてる教室。
本好きの子は、放っておいても勝手に読む。
どこのクラスにも一人や二人、読書好きがいるもの。それはミヨちゃんのクラスも同じ。
自分の席にて熱心に児童書を読んでいるクラスメイトの背中を眺めながら、「そういえば本好きのことを本のムシとか言うんだよね」とミヨちゃん。
「だったらアイちゃんはオシャレのムシで、リョウコちゃんは運動のムシ……、いや、いまはサッカーのムシかな」とはチエミちゃん。
「じゃあ、チエミちゃんは何のムシ?」
「わたしは……、うーん、お宅訪問のムシかしら」
「えー、なんかヘンなのー」
「だって趣味とかこだわりとか、あんまりないんだもの。そういうミヨちゃんは何のムシなのよ」
「わたしは……」考え込んでいたミヨちゃん。しばらくしてから「クミコちゃんのムシかな」と言って、すぐそばにいた仲良しのヒニクちゃんに抱きつく。
お忘れかもしれないが、ヒニクちゃんの本名はコヒニクミコ。
そして大の仲良しであるミヨちゃんは、彼女をヒニクちゃんなんぞとは呼ばない数少ない人物。
きゃっきゃうふふとたわむれる幼女たち。
するとそのタイミングで廊下を歩くヨーコ先生の姿が見えた。
「だったら先生は何のムシかしら。やっぱり教育のムシ?」とミヨちゃん。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「あれはただの水虫」
ストッキングやブーツとかを履く機会が多いせいか、
水虫で悩んでいる女性はわりと多いと聞く。でもイメージが悪くて、
なかなか言い出せない。いいかげんオシャレっぽい病名に改名を求む。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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