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296 バスすくい

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 モフモフには蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われるのに、魚類や昆虫類などにはむちゃむちゃ好かれる星の下に生まれた幼女ヤマダミヨ。
 彼女のこの特異体質が、ついに陽の目を見る機会を得る。
 ミヨちゃんの二人の兄のうち、長男で大学生であるヒロ兄が週末に妹を連れ出したのは、とある山奥のダム湖。
 本日はそこでバス釣り大会が開催される。
 地元の大会ゆえに優勝したところで、たいした賞金も景品もでない。
 そもそも外来種の駆除を目的としたもの。

 だがそんな大会に彼が参加をしたのには理由がある。
 彼が所属している大学のゼミ、そこでお世話になっている教授。
 名前は……、たぶん二度と登場しないだろうからA教授でいいや。
 その爺さんには、因縁のライバルともいえるB教授なる存在がいる。
 なにかと張り合い、ムダにいがみあっている両者。
 二人の教授に二つのゼミに釣り大会。
 ここまで揃っていれば、おおかたの予想がつくであろう。
 そう、かなしいことに、せっかくの楽しいイベントが大人たちの醜い争いの場となってしまったのだ。
 そしてどうしても負けたくないA教授は、教え子にすがった。

「おねがい! 勝利の女神をつれてきてくれ」

 なにかとお世話になっている恩師が、恥も外聞もかなぐり捨てて、鼻水だらだらで泣きついては、これをムゲにできるはずもなく、しぶしぶ引き受けたヒロ兄。
 だがA教授もヒロ兄ですらも、ミヨちゃんの実力を測り損ねていた。
 その結果、大会はグリンと方向をかえることとなるのだが、いざ競技が開始されるまで、そのことに気づく者は誰一人としていなかった……。

「ぐわははは、うちには勝利の女神ミヨちゃんがついているんだ。もはや勝利は決まったようなもんよ」とA教授。
「ぐぬぬぬ…、おのれ」と悔しそうな表情を浮かばているのはB教授。

 幼女の伝説のチカラ。
 顔合わせの際、そんな非科学的なものに頼るなんて、ついにボケたかと鼻でわらっていたB教授。
 かわいい末妹をバカにされてムカっときたヒロ兄。
 ミヨちゃんをともなって岸辺へ。
 とたんにダム湖中から魚が集まりビッチビチのフィーバーが確定。
 その実力の一端を目の当たりにして「そんなバカな……」とB教授、絶句。
 いやがうえにでも悟ってしまう己が敗北。しかも実力とはまったく無関係な、怪しげなチカラに屈することになるなんて。
 科学に捧げし人生の老兵としては、まったくもって承服しかねる。
 苦悩するB教授。それをここぞとばかりにイチびる大人気ないA教授。
 せっかくの週末に朝も早くから遠方にまで駆り出された双方のゼミの若者たちこそ、いい迷惑。
 だがここで天がB教授に味方する。
 なおこの場における天とは大会運営本部のこと。
 ミヨちゃんの能力を前にして、彼らはこうおもった。

「あれ? 岸辺にいるだけで湖中の魚が寄って来てくれるのならば、いちいち釣りあげて駆除する必要ないよね。じゃんじゃんタモですくって、じゃんじゃん選り分ければ、ダム湖の外来種問題、いっぺんに解決じゃね?」と。

 そもそもこの大会の目的は、生態系の維持にこそある。
 断じてジジイどものつまらない意地の張り合いのための場ではない。

「えー、本日の釣り大会は中止します。かわりにバスすくいを開催します。なお勝敗はすくいあげた総重量にて。みなさま方、ふるってご参加を」

 会場に流れるアナウンス。
 これにガックシと手をついたのはA教授。せっかく完膚なきまでにライバルを叩きのめせるはずであったのに、思惑が大外れ。
 しかしB教授は息を吹き返す。「がははは、正義は我にあり! いくぞ、みなの者」とゼミ生たちを鼓舞して、まっさきに飛び出していった。
 あわててA教授も自分のゼミ生らを引き連れて追いかけていく。

 ポツンと残されたのはミヨちゃんと、つきそいのヒニクちゃんの二人の幼女。
 みんなが浅瀬にてドロ塗れにながら、ひっしに外来種どもと格闘している姿を尻目にミヨちゃんが「さんかする?」とたずねると、ヒニクちゃんは首を横にふった。
 だってドロドロはイヤだもの。そしておもむろに口を開く。

「一度は食べてみたいブラックバスのハンバーガー」

 日本の侵略的外来種ワースト100に選出。
 世界の侵略的外来種ワースト100に選出。
 ちなみにランキング一位は、ぶっちりぎりで人間だと思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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