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334 白い箱
しおりを挟むヤマダミヨ、めずらしくお母さんに起こされるまえに自主的に起床。
準備を整えて一階に降りると、すでにお母さんは台所に立って朝食の準備をしている。
そこにボリボリとお腹をかきながら姿をあらわしたのは、寝ぼけまなこのお父さん。
昨晩は飲み会があったらしく、ちょっと遅めの帰宅にて、愛娘と顔を合わせられなかった父は、これさいわいと娘とスキンシップをとろうとするも、微妙にお酒のニオイを漂わせているおっさんなんて、幼女はノーサンキュー。
するりと父の腕をすり抜けて、「新聞とってきてあげる」とコレをかわす。
うっかり頬ずりでもされたら、ヒゲがじょりじょり痛いし。
で、サンダルに足を通し、玄関扉を開けたミヨちゃん。
朝刊をとろうとしたところで、自宅ポストの上にちょこんとのっている白い箱を見つけた。
「何だろうコレ……、お母さーん、ちょっとー」
不審物を見つけたら、とりあえず大人に連絡。
白い紙の箱、その中身はカップケーキが六つ。
凝った造りではなくて、シンプルなモノにつき、とっても美味しそう。
おもわず手を伸ばした幼女。その手をパチンとやさしく止めたのはおばあちゃん。
「およし、誰が置いて行ったのかもわからない品を、うかつに口に入れるものじゃないよ」
そして祖母の口から語られたのは、かつて世間を震撼させた無差別毒物事件。
お菓子や飲料なんかに毒を仕込んでは、店頭に並べるだけでなく、実際に犠牲者をも出し、あげくにメーカーを脅して、大金をせしめようとした悪辣非道。
そのときにうっかり毒入りのお菓子を食べてしまい、えらい目にあったのが自分と同じぐらいの年の子だったと聞かされて、真っ青になったミヨちゃん。
だからいっそのことこのまま処分しようかと相談するヤマダ家。
だけれどもそこで困ったのは、このカップケーキの造り。
いかにも手作り感が満載にて、なんとも可愛らしくていじらしい。
なんていうか、こう、いかにも乙女が造りました、的な風情にて。
「ひょっとしてヒロかタカのために、だれかが頑張ったプレゼントだったりして」とお母さん。
「なら手紙のひとつでも添えるのが筋ってもんだろう」とおばあちゃん。
「ううん、おばあちゃん、うっかりミスの線もすてきれないよ。手作りケーキをプレゼントとか、乙女チック回路全開な人ならば、じゅうぶんにありえるよ」とミヨちゃん。
ヤマダ家の女性陣による話し合い。
その頃、男たちがどうしていたのかというと……。
ヒロ兄とタカ兄はソワソワと落ち着かない。「ひょっとして、自分へのプレゼント? おいおいモテる男はつらいぜ」とか内心でドキドキ。
なお父は完全にかやの外。
「渋いオヤジ狙いの線も……」口にした父に、大学生と高校生の兄弟は冷たく「ないね」「ありえねえ」と言い放つ。そればかりか長男からは「あんなのドラマの世界だけだよ」、次男からは「いつまでも阿呆な夢を見てんじゃねえよ」とバッサリ切られて轟沈。
と、いつまでものんびりしていられるほど朝はヒマじゃない。
早くしないとみんな遅刻しちゃう。だから問題はいったん棚上げして、夕方に持ち越されることに。そしてカップケーキの入った白い箱は冷蔵庫の中へと隔離処置された。
……なんてことがあったんだよねえ、と朝のホームルーム前の教室にて、周囲に語って聞かせたミヨちゃん。
これを耳にしてアイちゃん「あー、うちにもたまに正体不明のプレゼントとか届くよ。お姉ちゃんに」
オシャレ番長の彼女のウチはファッション一家。
高校生の姉は読者モデルとして大人気につき、ファンレターやらプレゼントがたまに届くんだとか。大部分は事務所を経由するそうだけれども、どこで調べたのか一部は自宅に直に届くという。
これは地味におそろしい。そんな得体のしれないモノの扱いを、どうしているのかとミヨちゃんがたずねたら、その対応も負けずおとらず怖かった。
「あー、ぬいぐるみとかなら隠しカメラや盗聴器の類が仕掛けられてないかチェックするわね。最近のやつは小型化が進んでいるし性能もいいから、はらわたをほじくり出して徹底的に。食べ物関係は即廃棄、手作りなんて論外。ただこれらを処分する際にはいっそう注意を払っているかな」
「袋につめてゴミの日に出すだけじゃダメなの」
「ダメダメ、わざわざ自宅に送りつけてくる時点でヤバイ相手なんだから。ほら、ネコとかイヌもいろいろ拾ってくることがあるでしょう。アレって飼い主にほめてもらいたいからなんだけど、ソレを目の前で処分とかしたら、信頼関係がこわれちゃうから絶対にやっちゃダメなの。それといっしょで、うっかり捨てているところを見られたら、ヤバイ相手がいっそうヤバくなっちゃうから。愛憎は表裏一体ってね。ヘンな方にふり切られたらマジでこわいのよ。だから怪しいモノはすべて事務所に箱詰めで持ち込んで、そっちで秘密裡に処理してもらうの」
想像していた以上に大ごと。
話を聞いたミヨちゃんがブルルと肩をふるわしたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開く。
「事件の容疑者はすでに一人に絞られている」
自宅ポストの上に置かれた謎の白い箱。
中味のカップケーキは六つ。そして昨夜遅くに泥酔して帰宅した父。
ヤマダ家の人数も六人。巷のふしぎはだいたい酔っ払いのせいだと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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