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335 エタ

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 夜の十時過ぎにヤマダ宅二階にて響いたのは若い男の怒鳴り声。
 またぞろ兄弟ケンカでもはじめたのかと、おどろいた両親や祖母が二階へ向かう。
 寝入りばなを叩き起こされた小学二年生の末妹のミヨちゃんも、「どうしたのー」と廊下に顔をだす。
 すると階段をあがった三人の大人たちが見たのは、自室の扉を開けて、首だけ廊下にだし怪訝そうな表情をしている長男の姿。
 長男がここにいて、末妹も廊下にある。
 ということは兄弟ケンカの類ではない。
 では、なんぞや? と顔をあわせた五人。
 意を決した父親が次男の部屋のドアをノック。だが返事がない。だからもう一度声をかけてからドアノブを回す。
 すると机に向かう次男の姿、その頭にはヘッドフォン。
 どうやらそのせいでこちらの呼びかけが聞えなかったみたい。
 見れば長男より下げ渡された型落ちのノートパソコンの画面を喰い入るようにみつめている。高校生ということもあり、万一のことを考えた父親。
 ここで男気を発揮し、とりあえずオレにまかせておけと、女性陣はけっして室内に立ち入らないようにと通達。
 ミヨちゃん以外は、どちらもしっかりした大人の女性にて、すぐに察して黙って指図に従う。

 用心しつつ近寄れば、なんてことはない。
 次男坊が見ていたのはアダルトなサイトではなくて、テキストだらけのサイト。いわゆるネット小説なるものを掲載しているところ。
 これを見て安心したお父さん。ポンポンと息子の肩をたたく。
 それでも次男は飛び跳ねんばかりにおどろいた。
 そして家族揃っている状況に、さらにおどろく。
 とりあえず思春期限定の教育的指導が必要ないとわかったとろこで、安心して女性陣がゾロゾロと室内へ。
 で、さきほどの奇声の理由を問いただすと……。

「えっ? そんな声だして……、あぁ! ヘッドフォンをしていたから自分の声の調子をまちがえたのか。独り言のつもりだったんだけど」と次男。

 自分でも気づかぬうちに大声になっていたというしょうもないオチ。
 そしてその原因となったものも、さらにしょうもなかった。
 なんでもずっと追いかけていたネット小説がエタったらしい。

「エタ? ってのはなんのことなんだい」
「エターナルの略で、途中で作者が投げ出して、永遠に完結しないことだよ」

 ネットの言葉に小首をかしげた祖母に、丁寧に説明する高校生の次男坊。

「それって打ち切りみたいなものなの」とお母さん。
「うーん、似て非なるものかな。外部的要因によってやむをえずというよりも、個人的な要因が大きいし」
「どのみち中途半端で投げ出すってことだろう? しょうもない」

 初志貫徹があたりまえの世代の祖母は、今時のネット事情には手厳しい。
 ともあれたいしたことなくて、ほっと安心したヤマダ家。
 ミヨちゃんが「ふわぁ」と大あくびをしたところで、夜更けの家族会合はお開きとなった。

 下校時。
 いつものように仲良くふたりで帰っていた二人の幼女。
 ミヨちゃんは昨夜の出来事を、ヒニクちゃんに語って聞かせる。
 話を聞き終えたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開く。

「完結しない作品は評価のしようがない」

 評価に値しないのではない。あくまで評価のしようがない。
 たまに有名作家や文豪を引き合いに出す人もいるけれども、
 一流の画家のデッサンと、素人のラクガキでは価値がちがうから。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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