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357 マジック

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 大型連休中、とくにどこに遠出する予定のないミヨちゃんとヒニクちゃんの二人の幼女の姿は、四車線の国道をまたいでいる歩道橋の上にあった。
 けっこう大きな歩道橋にて、階下の道沿いに北を向けばはるか山々が晴れているときには一望でき、反対側の南に目を向ければ延々と道路が続いており、アスファルトに溜まった熱気にて陽炎が揺らめている。
 交通量が多いものの、風の通りがいいのか、空気はあまり淀んでいない。
 排ガスでクシャミがとまらないということがない程度には、まぁ、キレイ。
 この歩道橋は自転車も通れるようにと、上り下りに階段はなくて、どちらもグルグルと螺旋のスロープ式。しかし傾斜をゆるやかにしようとするあまり、大きく二回り半もしないと橋の上にまでたどり着けないとあって、自転車の人たちはほとんどが大人しく信号を待ち、下の横断歩道を渡る。
 おかげでここを自転車で通るのは暇人か、酔狂な人か、元気がありまっている若者ぐらい。
 では、どうして幼女二人がこんな場所にいるのかというと、それは下の道路にて実施されている取り締まりの様子を見学していたから。
 ミヨちゃんは、少女マンガ、二時間サスペンス、時代劇が大スキ。
 そしてこれに続いて特捜警察二十四時! みたいな番組も欠かさず視聴している。
 そんな幼女からすると、この連休にて道路が混雑する最中に、わざわざパトカーを置いて車線の一本を塞ぎ、何人ものお巡りさんを立ててまで行われている、大々的な交通取り締まりは、さながらライブ中継を生で見ているような感覚。
 パトカーにはしゃぎ、制服の警察官に手をふり、白バイに黄色い歓声をあげ、運悪く引っかかった人に「あー」と同情し、それでいてピピーと笛が鳴ればそちらをガン見。
 なんとも感情表現の豊かなミヨちゃん。
 その隣にていっしょに階下の様子を眺めているヒニクちゃんは、終始無言にて能面のごとし。ただし退屈をしているわけではない。ミヨちゃんが警察の活躍によろこんでいる姿を、せっせと脳内カメラにて保存するのに忙しいだけだ。
 ヒニクちゃんにとってはミヨちゃんが楽しいことこそが大事。
 そのためならば階下でいっちょ派手にデストラクション(ド派手はカーアクション)でも起こってくれたらありがたい。あぁ、もちろん、人死に怪我人はなしにて。

「それにしても今日はすごいよね。ここだけじゃなくて市内全域でやってるって、さっきお巡りさんが言ってた」

 大型連休のときに、こんな大規模な取り締まりを実施したのか?
 いちおうは交通量が大幅に増える時期ゆえに、その分だけ事故も多発しやすいので、これを抑制するための名目みたいだけれども、それは一定の効果を発揮している一方で、どうにも小首をかしげる現象をも引き起こしている。
 パトカーがデデンと止まって、一車線を塞いでいるので、二本が一本に合流を余儀なくされるので、いやでも車の流れはゆるやかになる。そのせいで速度超過の類は消滅したがかわりに大渋滞。
 歩道橋の上からでもわかるほどに、ドライバーたちの表情がみな険しい。とってもイライラしている。連休を家族サービスに費やし、疲労困憊のうえに、遅々として進まない道路事情に、ストレス増大中。
 そうしてようやく封鎖されていた箇所を抜けたとたんに、待っているのは解放感。
 自然とアクセルを踏む足も強まるのか、警察の目が届かなくなった途端に、グングンと加速しては遠ざかっていく車たち。
 ふだんより、かえってスピードが出てない? と素人目にもおもえるほどに、ビューンと走っていく。
 それが歩道橋の上からだとよくわかる。

「いっそのこと、ちょっと離れたところに、もう一個、仕掛けたらバンバン取り締まれてガッポガッポだよ」

 罠を越えてホッとしたところに更なる罠とか、ミヨちゃん、なかなかの鬼畜さん。
 これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開く。

「交通違反は年々減少傾向」

 でもべつにみんなが交通規則を守ってるとか、運転に気をつけてとか、
 そんなのじゃないから。たんに人口が減ったから、景気がいまいちにて、
 車を持ってる人が減っただけ。ただの統計マジックの産物。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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