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373 光る石

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 海外旅行にて、旅先の雰囲気に浮かれて、うっかり歴史的建造物などに自分の名前なんぞを書き書き。
 いっぱい書いてあるし、みんなやってるからいいよね。
 でも後にこのことが発覚。
 けっこうな騒ぎになり、地元大激怒!
 相手国よりもむしろ自国民からの「恥知らず」「バカやろう」「愚か者」とのバッシングの嵐にて、当人及び家族そろって平謝り。
 なーんてことがたまにある。
 街の壁なんぞにシャカシャカとスプレーにて絵を書いて、正体不明の謎のアーティストを気取っている人もいる。
 まぁ、その大部分は、自称アーティスト気取りにつき、へったくそ。
 やられた方はすこぶる迷惑。
 書かれた側が「おいおい勘弁してくれよ」と言いつつも、「しかしこれはすごいなぁ」とおもわず感想をもらすぐらいに、グッとくる作品ならばまだしも、たいていはラクガキ以下の出来栄え。
 ひと昔前の公衆便所のラクガキの方がまだ、ユーモアが利いているとあっては、さすがに容認できやしない。
 ましてや描く場所が、民家の壁、道路標識、あるいはお店の看板、寺社仏閣、歴史的建造物なんかでは、とてもとても。
 そもそもの話、「芸術だ」と声高に叫ばれたとて、「だから何?」というのが一般人の正直なところ。

「オレはアーティストだ! あれはアートだ!」

 ミヨちゃんが住む町に出没したラクガキ魔が、ついにお縄となった際に叫んだ言葉。
 外国からの旅行客だったのだけれども、描きも描いたり市内に百ヶ所近くにも及び、小学校の門どころか、夜中に敷地内に侵入して校舎壁面にズラズラ乱雑に描き殴る。
 翌朝見つけた先生たちが、総出で、ブラシ片手にごしごし。
 そのことからしても、自称芸術家さんの作品の出来栄えのガッカリ具合は、語るまでもないであろう。
 登校時に例の作品を目撃した子どもたちのコメントもわりと辛口。

「アレならミヨちゃんの方がうまいよね」
「そうだなー、アレとミヨちゃんの絵とどっちが欲しい? ってきかれたら、ミヨちゃん一択だよなぁ」
「っていうか、わざわざ外国まできてラクガキとか、いい歳した大人がヒマだよね」

 アイちゃん、リョウコちゃん、チエミちゃん、そろって酷評。
 だけれども比較に出されて褒められたミヨちゃん、体をくねくねして「てへへ」と照れた。
 そんな教え子たちのやりとりを耳にしたのは、デッキブラシ片手のヨーコ先生。
 隣にて一緒になって汗をかいていた教頭のシフジアカネ女史にこう言う。

「どうせこの手のバカは警察に捕まったって反省なんてしませんよ。そこでいっそのこと子どもたちの酷評を収録したDVDでもプレゼントしてやるってのは、どうでしょう?」
「あら? それは名案ですね。いっそ押し入れにでも閉じ込めて、ひと晩中、見せつけてやれば、きっと猛省することでしょう」

 ヨーコ先生の案に乗り気な教頭先生。
 いつもはやんわりと窘める側にまわるシフジアカネ女史も、このラクガキにはすっかりお冠のよう。他の先生方もそうだ。
 ただでさえ教師という職種は仕事山済みで、毎日とっても忙しい。
 でも愛する生徒たちのため、可愛い子どもたちのためと思えばこそ、頑張っていられるというのに、それを邪魔され余計な作業を強要されているのだから、これではいかなる人格者とて、こめかみの辺りがピクピクするというもの。
 たいへんそうな先生たちの様子を見かねて、上級生たちが「自分たちもお手伝いしましょうか」と言ってくれたのだが、このありがたい申し出は教師一同が辞退。
 その理由は「生徒たちをくだらないモノに触れさせたくない」というもの。
 なんと熱い教育魂を持った教師たちであろうか。
 そんな先生方に見守られて、ヌクヌク育つ幸せをかみしめつつ、ここまで沈黙を守っていたヒニクちゃんがおもむろに口を開く。

「路上出身者。後にふり返ると、やっぱりモノが違う説」

 歌手にしろ、パフォーマーにしろ、アーティストにしろ。
 いわゆる下積み時代にて、一流どころはみんななにがしかの伝説を
 残しているのよね。光る石は周囲が放っておかない? みたいな。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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