ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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381 年輪

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 甘いニオイが風にのってふわんと漂ってくる。
 それを発生させていたのは商店街に新たにオープンした洋菓子店チクワ。
 バウムクーヘンを専門に扱う店にて、オープン前からちょっと話題になっていた。
 おもにそのヘンテコな名前にて。穴つながりが有力な説だが真実はいまのところまだ不明。

 みんな大好き輪っかのお菓子。
 本場のドイツではお祝いの席とかに並ぶ程度にて、めったに食べないらしい。
 事実、自分の国では一度も食べたことがなくって、こちらに旅行に来て初めて食べた! なんてよもやま話もあるほど。
 真実のほどはさておき、たぶん、あっちよりもいまではこちらの方が消費量は上であろう。それほどまで定着して親しまれている洋菓子ということ。
 新規オープンするお店の工房はガラス張りになっており、外から製造工程が丸見え。
 大きな機械にてぐりんぐりん回りながら、じょじょにこんがりしながら太くなって仕上がっていく巨大な一本バウムクーヘン。
 それを適宜、輪切りにしたモノですらも、ふだんはあまり目にする機会がないので、子どもたちは、もう夢中。
 ガラス越しに並んでは、飽きることなく見学している。
 その姿はまるで親鳥にエサをねだるヒナたちのようにて、ピイピイと催促されているみたいにて、工房内の職人さんらは笑いをこらえるので必死。
 だがなにもこのお菓子作りの現場を見学できるだけで、この盛況ぶりなわけではない。
 製造過程ではじかれた品や、切れ端などの一部が、試食として不定期に店先にて提供されるのを、みんな首をながーくして待っていたのである。
 そんな一団に混じっていたのはミヨちゃんとヒニクちゃん。
 狙いはもちろんアツアツのバウムクーヘンの欠片。
 時間をおいて生地を寝かせて馴染ませたほうがウマくなるという話もあるが、出来立てのふわふわ感も捨てがたい。
 アレは、あの瞬間にしか味わえない貴重な体験。
 そしてそんな試食に恥じも外聞もなく堂々と参加できるのは幼子の特権。
 いい歳をした大人にはけっして真似できまい。せいぜい我が子をダシにして混ざるのが関の山。
 だからこそ、ここは子どもたちの貴重な狩場でもある。
 かといってマナー悪く我先に手を伸ばし群がるような真似をすれば、たちまちチクワの店主のおじいちゃんのカミナリが落ちる。
 どこぞにて元小学校の先生をやっていたとかいう白髭のサンタっぽい老人は、子ども好きな反面、わりと躾けに厳しい。他所の子でもダメなことをしたらビシバシ怒る。
 たまに勘違いした親がとんちんかんなクレームを入れるが、逆に完全に論破して親子ともども泣かす。
 甘やかすばかりが愛情ではないことを知る男。
 いまどき珍しいイケてる老人である。

 そんな老店主がお盆を手に店の外に姿をあらわしたとたんに、子どもたちの歓声があがった。お待ちかねの試食タイムである。
 きちんと行儀よく並んで順番に一つずつもらう。
 ミヨちゃんとヒニクちゃんも無事にゲット。
 だがその直後に、ちょっとだけひと悶着。

「なんでキサマまで子どもたちに混じって並んでおるのか。いい歳をした大人が毎度毎度、試食ばかりつまみおってからに。たまにはちゃんと買っていけ」
「いいじゃん先生。こちとら独り身なんだよ。あんなの一個買っても食べきれないもの。それに酒のアテにならないし。ねえねえ、それよりも厨房のイケメン紹介してよ」
「絶対にイヤじゃ。いまが大事な時期なんじゃから惑わすんじゃない。絶対にうちの弟子にちょっかいを出すなよ」
「えー」

 老店主と揉めていたのはミヨちゃんらの担任のヨーコ先生だった。
 どうやら三十路手前の女教師は、ここのおじいちゃんの教え子だったらしい。
 そして元教え子が臆面もなく恩師にたかっている。
 子どもの世界に入り込んで平然としている勇者なヨーコ先生の姿に、開いた口がふさがらないミヨちゃん。
 そんな親友を尻目にヒニクちゃんがポツリ。 

「精密な年輪こそがこの洋菓子の肝にて、職人の技量の見せどころ」

 年輪のような形状にて、なんとなく縁起が良さそうだと、
 祝いの席での引き出物に大人気のバウムクーヘン。 
 上手に年輪を重ねないと美味しくならないのは、人もお菓子もいっしょ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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