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430 化粧
しおりを挟む女の子だからなのか、女の子ゆえなのかはわからない。
ある日のこと。
ふと、お母さんが愛用している鏡台の前にて、ちょこんとイスに腰かけたミヨちゃん。
今時珍しい大き目の三面鏡にて、なかなかの貫禄を誇る鏡台。
嫁入り道具としてお母さんが持ち込んだそうだけれども、大切に使っているおかげでウン十年経っているのにもかかわらず鏡面はピカピカ。
台の表面にはイタズラ盛りに二人の兄たちがシールを張った跡などがわずかに残るも、それ以外はキレイなもの。
三つの鏡に映る自分の姿をふしぎそうにしげしげ眺めてから、引き出しに手をのばす。
中には化粧品がびっちり。
使いかけの品から、明らかに放置されてあるやつ、封すらも切られていないのはたぶん海外のお土産とかでもらった高価な貴重品。
コンパクトをとり出して、パカンと開けたら肌色のスポンジに小さな鏡。
これでポンポンと自分の顔を熱心に叩いているお母さんの姿はよく見かける。
試しに自分もやってみたが、なんだかヘンな感じ。
コンパクトを戻し、今度は口紅を手にとる。
いくら小学二年生の幼女とはいえ、リップクリームとかを使ったことがあるので仕組みは知っている。
手にした本体をくるりとひねると、にゅうっと飛び出すのは赤い姿。
まえから思っていたけれども「口紅ってクレヨンっぽい」とミヨちゃん。
とりあえず自分の手の甲に先っぽをちょんちょん。
ぐにゅりという何とも言えない感触にて、肌には鮮明な赤い点がつく。
すーっと線を引いてみると、おもいのほかに滑らかに引けた。
「見た目はクレヨンだけど、固さがぜんぜんちがうや。なんかやわらかい」
そのまま手にしていた口紅の尖端を自分のくちびるへと近づけようとするも、その手がぴたりととまる。
視線は目の前の鏡面。
このタイミングでミヨちゃんが思い出したのは、とある少女マンガのワンシーン。
彼氏との別れの際にヒロインが洗面所の鏡に、「さようなら」と口紅で書きなぐる。
男がそのメッセージに気づいたときには、ヒロインはすでに外国行きの飛行機にて空の上といった展開。
その際に使用されていたのが彼からの誕生日プレゼントだったというところが、また切ない。
まぁ、そのあとは紆余曲折をへて、散々に周囲を巻き込んで騒動を起こしつつ、元鞘に収まるというお約束のラスト。
それを思い出したミヨちゃんは、自分でもちょっと書いてみたくなった。
で、書いてみた。
ツルツルの鏡面、ぬるぬるとした口紅、なんとも書きづらい中にて懸命に筆ならぬ紅をふるう。
実際にやってみた感想は「これって勢いでやるのムリだ。かなりそろそろとやらないと口紅がぺっきりおれてしまうもの」
満足したミヨちゃんがそろそろ片づけて、証拠を始末しようとしたところで、部屋の扉が不意に開いて、お母さんが登場。
イタズラの現場をばっちり目撃されたので、もちろんしこたま怒られた。
そんなエピソードを休憩時間の教室で友だち相手に披露したミヨちゃん。「いやぁ、まいったよ。お母さんむちゃくちゃこわかった」と思い出してぶるると肩をふるわす。
「あー、うちの弟もまえにイタズラして尻を引っ叩かれて、ピーピー泣いてたよ」とリョウコちゃん。
「まぁ、女の子ならだれもが通る道でしょ」とはチエミちゃん。うんうん頷く。
「かなしいことにこうやって、せっかく子どもに目覚めたオシャレの芽が摘まれてしまうのよね」やれやれと首をふるのはアイちゃん。クラスのオシャレ番長としては、「そこは温かく見守って欲しい」とのご意見。
そしてこれらの感想を耳にしてヒニクちゃんがぽつり。
「化粧品はお高いから」
成分が充実している品は、お値段もとっても高価。
若い頃はへっちゃら。気になりだすお年頃になると、
面の皮がすっかり厚く逞しくなって、効きがいまいちに。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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