ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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602 喪失

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 お酒をのんで車を運転すれば、当然ながら危ない。
 ときには取り返しのつかない重大事故を引き起こす。
 ちょいちょいニュースになって、悲劇が報道されるたびに噴出するのは、よくわからないあの理屈と主張。

「被告人はお酒を飲んでおり状況判断が正しくできなかった。だから事故はあくまで故意ではなく……」

 とどのつまり悪気はないので、ちょっと許してという主張。
 これにミヨちゃんは首をひねる。

「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」

 そんなこと小学二年生の幼女でも知っていること。
 それをいい歳をした大人が守れない。教習所でも習ったはずなのに。
 べろんべろんになるまで呑んで運転し、人身事故を起こし、挙句に引き逃げをかます。
 で、なんだかんだあって逮捕されて裁判になったとたんに、先の主張が飛び出してくる。
 弁護側がこのような無茶苦茶を口にするのは、あくまで依頼人の利益を守るため。
 弁護士とはそういう仕事だし、そういう立場にて、つねに被告人の味方。
 だから頭ではわかるけれども、納得できるかといえば到底無理。
 感情がとてもそれを受け入れられそうにない。

「お酒を飲んだのは自分のせい、それでハンドルを握ったのも自分のせい、事故を起こしちゃったのも自分のせい、ぜーんぶ自分のせいなのに、どうして? もしかして自分の尻を自分で拭けないようなダメダメだから、責任能力がないのかなぁ」

 いつものように仲良しのヒニクちゃんと下校中。
 歩きながらミヨちゃんがそんなことを言い出したのは、ここのところ大きな事件があるとニュースの中で、きまって心神喪失とかいう言葉が飛び出してくるから。
 心神喪失とは。
 精神障害のために法律的意思行為の責任をまったく持つことができないこと。
 人を殺しても心神喪失。包丁を持って街中で暴れても心神喪失。薬物でとち狂っても心神喪失。泥酔状態でやっちゃっても心神喪失。
 なんでもかんでも心神喪失とやかましい。
 そりゃあ時と場合、状況によっていろんなケースがあることはわかる。
 例えば暴力夫にボコボコにされ続けていた妻が、精神的にも肉体的にも追い詰められてズタボロにされて、あまりのつらさに刃物でブスリと殺ってしまう。
 そんな話ならば心神喪失も納得。
 けれども自堕落な生活を送ったあげくに、散々に周囲に迷惑をかけて、あげくに自分勝手な理屈を振りかざし凶行に走った者を、それと同列に語られては首をひねらざるをえない。
 被害者やその家族だってたまったものではないであろう。

「この理屈が通るんだったら、犯行前に一杯ひっかけるなり、薬物でもかましておけばいいことになっちゃうよ。もしくは犯行後にこれで偽装することも可能だよね? 情状酌量ってのはわかるけど、心神喪失で無罪ってのはやっぱりわかんないなぁ」

 凶悪犯が無罪放免とはいかなくとも、手厚い保護を受けて治療される。
 でも被害者やその周囲の苦悩は一生続く。
 せめて加害者が猛省して、それなりに誠意を尽くしてくれたら、まだマシなんだろうけれども、そんなのお伽噺だろう。
 そもそもきちんと反省するような人物ならば、最初っから心神喪失なんて主張はしてこないはずだもの。

「これを口にしている時点で、反省する気さらさらないよね?」

 ミヨちゃんの義憤を受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「現在の法律はカビの生えたチーズのようなもの」

 完璧には程遠いのが実情。本来ならば少しずつ大切に育てるもの。
 なのにいろんな思惑がからまって、身動きがとれずに、
 成長がほとんど止まってしまっている。肯定派、否定派、慎重派、人権派、
 困ったことに各々の主張がどれも真っ当なのが、悩ましい。
 とりあえず不要な箇所から削れば、食べられるようにはなると思うの。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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