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607 そなえ
しおりを挟む来る来る来ると言われ続けているのが大地震。
事実、西に東に北に南にとドカンときた。
いよいよ残すのは中央ばかりなり。
そしてそれは必ず起こると断言されている。
「こわいよねえ」
つぶやいたのはミヨちゃん。
いつものごとく仲良しのヒニクちゃんとの下校中のこと。
土手の遊歩道から茜色の空を見上げつつ、「そういえば地震雲とかあるんだって。なんでも予兆がでるらしいよ」と言った。
地震雲。
地震が発生する前後に出現すると言われている雲。
特殊な形状をしているとされているが、科学的な説明はなされておらず、現時点では眉唾扱いにて都市伝説レベル。今後の解明に期待する。
「トリがいなくなるとか、ネズミが逃げるとか言うけれど、実際のところはどうなんだろうねえ」
巷でまことしやかに囁かれていることを口にするミヨちゃん。
地震にまつわる動物たちの異常行動もまた、古くから言われ続けていること。
ペットのイヌやネコなどが落ち着きを失くしていたとか、気が荒くなったとか、しきりに震えていたり、やたらと外へと出たがったかと思えば、一転してうちに篭ってしまったり。
大地震を経験した地域にてアンケートを実施したところ、全体の二割程度にて何らかの異変が起こっていたとのデータもある。
が、これがまた微妙な数字。せめて四割ぐらいもあれば「ポン!」と手を叩いで納得できるのだけれども。
たいへんな目にあったあとに「そういえば……」なんて言われても、完全に後出しジャンケン。
人間とは思いこみが激しく、記憶も改ざんしちゃう。ましてや精神と肉体に多大な負担を強いられた後ともなれば、かなり怪しくなってしまう。
その際のストレスたるや、記憶喪失になってもおかしくないほどの負荷なんだとか。
「一方でえらい先生たちは予知はムリ! ってサジを投げちゃってるし。でもそれよりもわたしはもっと心配していることがあるんだ」
ミヨちゃんの心配ごと。
これほど何度も痛い目にあったというのに、防災への備えが遅々として進んでいないこと。
行政はがんばっている。物資を貯蔵したり、いざというときを想定してマニュアルを作成したり、訓練を積んだり、設備を作ったりと苦心している。
民間でもがんばっている。
けれども足りない。
明らかに絶対量が足りないのだ。
痛い目に会った人は当然ながら自主的に備える。けれども時間の経過とともに警戒心が緩む。油断が生じる。「一度あったから、しばらくは大丈夫だろう」とか根拠のない思い込みをする。
喉元過ぎればなんとやら。
実際に災害に見舞われた地域ですらが、コレ。
そしてまだドカンと来ていない地域にいたっては、どこか他人ごと。
個人レベル、地域レベル、組織レベル、その他いろいろにて足並みはかなりバラバラ。
見えないモノにお金をつぎ込むのは、とてもムズカシイ。
無い袖は振れないと開き直っているところも多い。
「なんだかドバドバ予算だけがムダに垂れ流されているような気がする。このままだとヤバいかもしれない」
小学二年生の幼女に心配されている時点で、きっと安心にはほど遠い。
これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「備えあれば憂いなし。とは昔から言われているのにねえ」
殷の宰相傳説のお言葉。名言にて紀元前からずっと云われ続けている。
なのにいまだに実現していない時点で、人間の限界を感じる。
いっそ備えるのは最低限にして、ことが起こった後の援助に
回したほうがまだマシかも。少なくとも絶望はせずに済むし。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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