ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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760 ねいろ

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 ちん、ちと、てん、しゃん。

 歩いていると聞こえてきたのは三味線の音色。
 ミヨちゃんとヒニクちゃんは、誰が奏でているのかすぐにわかった。
 ちょうどやっこ姉さんの家の近所であったからである。
 やっこ姉さんはミヨちゃんのおばあちゃんの女学生時代からの友人。かつては売れっ子の芸者さんだった人。
 まるで時代劇から飛び出してきたかのような、着物の似合う粋でいなせなおばあちゃん。
 音に惹かれて家の裏の方へまわると、案の定、縁側にやっこ姉さんの姿があった。三味線の手入れをしつつ、音程をあわせているところであった。
 慣れた手つきにて楽器をいじっている姿は、たいそうかっこういい。
 邪魔をしちゃあ悪いと、その姿を生垣の隙間よりこっそり眺めていた二人の幼女。

「ギターとかもそうだけど、ああやって楽器を触っている姿って、ちょっと憧れるよねえ」

 ひそひそ声のミヨちゃん。
 その言葉にヒニクちゃんもコクンとうなづく。

 そう。かっこいいのだ。
 街中でギターケースを背負っている人とか、バイオリンとかのケースを持っている人、大きな楽器を汗だくになって運ぶ姿すらもが何やら「すげー」と思える、このふしぎ。
 持ち運ぶ苦労がないピアノとかの演者が漂わせている、余裕と優雅さはないけれども、目に見えて「俺って楽器をやってるんだぜ」とか「私って楽器女子なのよ」という無言のアピール。もちろん当人たちにはそんなつもりはないのであろう。ごくごく稀に、格好つけたくて空のケースを持っているという、丘サーファーみたいな人も混じっているらしけど。
 なにせ楽器はムズカシイ。
 思い通りに操れるようになるまでに、膨大な時間と根気、修練を必要とする。
 楽器だって安くはないし、練習できる場所の確保も大変。
 やってみたい、さわってみたい。
 そう考える者は多くとも、実際に始めるまでのハードルがとにかく高いのだ。
 親類縁者が音楽をやっているとか、親が趣味で……などと環境に恵まれてもいなければ、小さな子どもが触れる機会なんて、学校の授業で使うリコーダーかハーモニカぐらい。
 いや、それらとて極めればすばらしい演奏が可能となる立派な楽器なのだろうけれども。
 なんというか、この場合は求めているものと、ちょっと毛色がちがう?

「そいういえばうちのタカ兄がまえに一度、ドラムにチャレンジしたことがあったよ。とはいえ、セットを買うお金もないし、何よりあんなの家で弾けないから。だからスティックだけ持って、ところかまわずタンタン叩いていた」

 高校生の次兄は、おおかた友人にでも「文化祭でバンドやろうぜ。そしてモテモテ街道をひた走るのだ!」とかさそわれたのであろう。
 で、割り振られたのがもっとも難易度が高いドラム。
 あれはギターとかベースとかとは、あきらかに何かがちがう。
 そしてタカ兄のバンド活動なのだが、気づけば二週間ぐらいで収束していた。
 熱が冷めたのか、現実に目覚めたのか、あるいは飽きたのかはわからない。音楽性の不一致という可能性も捨てきれない。
 だが何よりも気まずい思いをしたのは当人。
 なにせテレビでバンドのシーンや、ドラムを叩いているところが映るたびに、ビクリとしていたから。
 家族もなんとなく空気を察して、あえて触れなかった。

 ちょっとした山田家の黒歴史を披露したミヨちゃん。
 まぁ、実害が出る前に夢から醒めてよかったと思った反面、もしも実際に楽器があったら……、なんて夢想もする。
 すると、縁側にいたやっこ姉さんが顔をあげて「いいかげんに、ツラを見せな。二人とも」と言った。
 隠れていたつもりだったのに、とっくにバレており、幼女たちはおずおずとこれに従った。

「潜在的需要はかなり見込まれる」

 やってみたいと考えている老若男女は多い。
 けれども専用の音楽教室に通ってとなると、なにやら気おくれ。
 公民館のヨガ教室とかみたいに、もう少し敷居が下げられたら。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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