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817 かう
しおりを挟む釣りがめっぽう好きな老人が二人。
月明かりがいい塩梅だし、誘い合わせて、ちょいと夜釣りにでもとしゃれ込む。
釣果は上々。
魚籠いっぱいとなったところで、そろそろ夜も更けてきた。
「今夜はこれぐらいにしておこうか」
「あぁ、そうだな。あんまり遅くなるとカカアが怖えや」
なんぞと軽口をたたきながら、釣り場をあとにした二人。
寺の墓地を囲む壁沿い。真っ直ぐの道を歩いていたら、むこうから近づいてくる提灯の明かり。
「おや、こんな時間に誰だろう」
「おおかた寺の坊さんじゃないのか。急なことで呼び出されたとか」
病人、死人は時を選ばず。
夜討ち、朝駆け、雪や雨あられもおかまいなし。
だからそんなこともあるだろうと、二人はさして気にもしなかった。
するとざっざっざっと地面をする、草履の音がどんどんと近づいてきて、ぼんやり提灯越しに浮かんだのは、確かにこの寺のお坊さまであった。
二人ともここの檀家にて、顔見知りゆえに、「おや、こんな時間に。ご苦労様です」と頭を下げたのだけれども。
「なにをのんきな! わたしがいまどこに行った帰りだと思っているのですか。早くお帰りなさい。お内儀がお隠れになったというのに」
二人のうちの片方の奥方が急に倒れて、そのまま帰らぬ人に。
たまさか他所に出かけていた帰りに、行き合って、いま家の方は大騒ぎになっている。自分もいったん寺に戻って準備を整えてから、すぐに出直すつもりだとお坊さまに言われて、二人は「えらいこっちゃ!」
うろたえる二人にお坊さまは言った。
「竿と魚籠はお預かりしますから、いまはとにかく急いで」
言われるままに荷を預けた二人は、あたふたと夜道を駆けてゆく。
だがしかし……。
「で、家にもどったら奥さんはピンピン。そして二人がさっきお坊さんと会ったところに戻ったら、そこには釣り竿とすっかりカラになったカゴが転がっていたってお話」
キツネかタヌキにでも化かされたのか、という昔の奇談を披露したのはミヨちゃん。
近頃、この手の古き良き「ちょっとふしぎ」な話に凝っている。
「少女マンガのホラーもいいんだけど、このぐらいのやつも何かいい感じなの」
いつの時代も、人はふしぎに惹かれるもの。
えらい学者や文豪なんかにも怪談狂いな方は多かったらしい。
「昔の学者は遊び心があったよね。それに比べていまの先生たちはつまんない」
科学に傾倒し、明確なデータがないものは即否定し、断じて認めない。
すっかり頭でっかちで、中味がカッチカチの人間が、新しい発明なんてできるのかしらん? とミヨちゃんが首をかしげたところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「いまの人は情報過多で、頭の容量に余裕がない」
パソコンのハードディスクはパンパンにしたらダメだという。
せいぜい八割程度にて、少し余裕をみておかないと不具合が。
現代人の脳はすでにパンパン。遊び心を飼うスペースがない。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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