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818 みらい
しおりを挟むミヨちゃんのお母さんがヘソを曲げた。
原因は高校生の次男坊、タカ兄の余計なひとこと。
昼下がりのヤマダ家のリビングにて。
「晩飯に何がいいかって? べつに何でもいいよ。あー、そうえば最近の冷凍食品って美味しんだってね。テレビでやってたし、もう、それでいいんじゃないの。お母さんもその方が楽できていいじゃん」
その発言を間近で耳にしていたミヨちゃんは、すぐに「あちゃあ」と思った。
で、おそるおそるお母さんの顔を見たら、そこには頭からツノを生やした鬼がいた。
だというのに、不用意な発言をした当人はまるで気がついておらず、テレビを見ながらゲラゲラ笑っている。
たとえそんなつもりがなくても、相手を怒らせる文言というものがある。
男性が何げに口にする「たまには外でおいしいものでも食べようか」とかいう台詞。
男性としては日頃の感謝と、気分転換に外食でもと誘ったつもり。
でも言われた女性からすると、「はぁ? たまにはってどういうこと。それっていつもの食事はマズイってことなの?」と受け取られてしまう。
そして先のタカ兄の発言もまた同じ。「何でもいい」「冷凍食品がおいしい」「楽」というキーワードのすべてが、カンにさわるもの。
何でもいい?
それは毎日毎日、献立に苦心している者への侮蔑に等しい言葉。
冷凍食品がおいしい?
そんなことは知ってるよ。でも高いんだよ。一品ぐらいならばともかく、すべてをこれで賄うのは家計にやさしくないんだよ!
楽?
温めて食べておしまいじゃないでしょう? 買ってくるのは誰? 準備するのは誰? 片づけるのは誰? あと冷凍食品は溶けるから持ち運びにけっこう気を使うんですけど。
と、まぁ、こういった裏事情を知らないがゆえの無神経な発言。
これにミヨちゃんのお母さんがブチっと。堪忍袋の緒が切れちゃった。
たまさかいろんなことが重なったタイミングであったのかもしれないけれども、最後のジョーカーを引いたのは、間違いなくタカ兄の失言。
以来、おそろしいことがヤマダ家の食卓に起こっている。
朝、昼、晩、三食すべてが冷凍食品になってしまったのである。
そしてゴハンまでもがレトルトでチン。
いや、おいしいよ。
おいしいけれども、冷凍も冷蔵もレトルトも、どこまでいってもその域をでない。
一般販売向けに調整された味というものは、どこか画一的にて、一定の水準を保っているものの、けっこう濃い目の味つけ。
コンビニのお弁当の進化がとどまるところを知らないのに、あいもかわらず弁当屋さんが隆盛を誇っているいることからもわかるように、何かがちがうのである。
だからこそ、社会ではいろんな業態の食品産業が成立しているわけなのだけれども。
「このままだと我が家の味が、冷凍食品ベースになっちゃうよ」
嘆くミヨちゃん。
親友の悲痛な叫びを受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「一番最初に冷凍されたのはイチゴらしい」
ジャムに加工するために行われたんだとか。
以降しばらくは果物の保存に用いられていた。
それから半世紀を経て、未来の食品として持てはやされ、
現状までくるのに約一世紀かかった。家庭の味になるには、
もう一世紀ぐらいは軽くかかりそうだと思うの。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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