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822 おぼん
しおりを挟む市内のはずれにあるお寺の墓地。
そこにミヨちゃんのおじいちゃんが眠るお墓がある。
近所というほど近くはないが、さりとてバスで三十分ほどの距離。
駅前で乗り継いで山の方へと向かうのが少々手間だが、遠方に墓所をかまえている人の苦労をおもえば、はるかに恵まれた環境といえる。
お寺は山の中腹の少しくぼんだところにあって、豊な緑に囲まれて外からはちょっと見えにくい。
詳しい由来はわからないけれども、歴史はそこそこ古いそうな。
秋になれば紅葉がすばらしく、それを目当てに訪れる人も多いという。
緑萌えるセミしぐれの中、お寺の山門へと通じる石段を「ふぅふぅ」いいながらのぼるヤマダ家一行。
いまどきの階段とはちがって、自然石を埋め込んでこしらえたものだから、段々の幅や高さがまちまち。まっ平でもなく、傾斜もけっこう急なので、大人でもひと苦労する。
だもので、幼女であるミヨちゃんや、高齢のおばあちゃんにはけっこうキツイ道程。
最近になってようやく手すりをつけてくれたから、まだマシだけれども、昔はそれすらもなくって、うっかり雨風にかちあったら、「そりゃあおっかなかったよ」とはおばあちゃん談。
お寺自体はとりたてて珍しい造りではなく。
住職さんに挨拶をしてから、隣接する墓所へと向かうミヨちゃんたち。
毎年、家族そろっての夏の墓参りが恒例行事になっているヤマダ家。
かつてはどこの家でもそうであったのだけれども、社会の形態の変化、核家族化、分散され流動する民などなど、時代の流れにより家族や家の在り方もじょじょに変わっていく。
土地を特別視し、居つくという感覚が薄れつつある昨今では、お墓もまた形骸化しつつある。
「ずいぶんと長い間、誰も参っていないお墓も少なくありません。さりとて何代にも渡ってお世話をさせていただいたお墓を処分するのもしのびなく」
そうタメ息をついたのは住職さん。挨拶のときにグチっていた。
いつしか没交渉となり、墓所を維持するのに必要な経費も払われなくなってひさしいお墓。
終の棲家を欲している人がいる一方で、空き家然に放置されているお墓も多い。
けれども、諸手続きやら法律の関係にて、あっさり廃することも、右から左に動かすこともできない。本山との兼ね合いもあって、案外、裁量権がないお寺。
結果としてお寺の負担ばかりが増えてゆく。
坊主丸儲けなんてのは、今や昔の話にて、景気がいいのは一部の有名観光地だけのこと。
檀家は減るし、信心は減るし、維持費はかさむ一方でカツカツ。そのくせいまだに世間からは偏見まじりの視線を向けられる。
住職さんの口からつらつらと語られる実情を耳にして、ミヨちゃんは「へー」
後日。
……なーんてことがあったと仲良しのヒニクちゃんに話したミヨちゃん。
「やっぱり日常と距離を置いたのがダメなんだとおもうの」
食事の前に感謝の祈りを捧げる。もしくは一日に何度も熱心に祈る。
そういったちょっとした儀式というか、しきたりや習慣を設けなかったがゆえに、溝が開いたとのミヨちゃんの主張を受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「平均二百万前後かかるらしい」
これはお墓の設置にかかる費用のこと。
ポンと出せる金額じゃないし、祭祀財産となって、
次代には祭祀承継者も必要となる。ぶっちゃけめんどうくさい。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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