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823 ほうちょう
しおりを挟むつぶれたパチンコ屋がある。
放置されてひさしい。
いつの頃からか、夜な夜な火の玉が出現するだの、無数の影が蠢くだの、うめき声が聞こえてくるだの……、そんな怪異がまことしやかにささやかれるようになった。
が、実際のところ。
この土地にはなんの因縁ネタも転がってはいない。
パチンコ屋の前はただの空き地にて、田畑を埋め立てたというわけでもない。
地下に防空壕があったという記録もない。
どれだけ歴史をさかのぼっても、古戦場になったこともなければ処刑場だった時代もなく、不幸な事故や事件が起こったということもない。嫁姑が血で血を争ったなんて話もない。
そういった本格的なものを求めるマニア層は、市郊外にある防空壕跡地方面へと向かう。
そちらは、さる高名な心霊研究家さんが「あそこはダメ。素人が近寄ってはいけない」なんぞと記事にしたものだから、全国から暇人どもが来訪するので、近隣住民らが辟易しているとかいないとか。
たんに地質が悪くて、小石がごろごろしており、農業に適さない。そして僻地ゆえに長らく放置されていただけのこと。
近年になって国道が整備されて、ようやく日の目を見た場所。
でもそれもほんのつかの間のことであった。
交通量の多さを見込んでパチンコ屋を出店したものの、結果はご覧の通り。
業界初期は乱立期にて、各地にて出店ラッシュ。
それだけ人気もあり景気もよかったということ。素人商売でも儲けられた。
しかし熱が冷めてひと段落したところで、業界の再編が始まる。
これはどの業界でも同じことで、コンビニしかり、回転寿司しかり。
こうなると経営規模が大きなところ、資本力があるところが勝つ。
寡兵でもって大軍勢に勝つとかなんてのは、お話の世界だけ。
実際にはあっという間に飲み込まれて蹂躙されちゃう。
好立地の奪い合い。客の奪い合い。利益の奪い合い。
さながら戦国時代の様相をていし、才覚と運のない経営者の店舗は次々と姿を消していく。
つまり、このつぶれたパチンコ屋はツワモノどもが夢のあとというわけ。
すっかり廃墟となった店舗。
いまではノラネコも寄りつきやしないけれども、子どもたちの遊び場にはなっている。
昼はちびっ子探検隊の冒険の舞台に、夜は若人たちの肝試しスポットとして。
で、そんなつぶれたパチンコ屋へとやってきたミヨちゃんとヒニクちゃん。
べつに探検にきたわけではない。
目的はパチンコ玉。
店内を探せばけっこう落ちている。
磁力の強めな磁石に糸を結んで、これを垂らし、店内を練り歩けば、ちょいちょいくっつくのだ。砂場でやれば砂鉄が回収できるぞ。
もっとも集めたもので、何かをするわけではない。集めるという行為そのものがちょっと楽しいだけ。これはそういう遊び。
「そういえばおばあちゃんがいってたよ。昔はこれと同じ方法で、インチキをしていた人がいたって」
ミヨちゃんが話題にしたのは、パチンコ屋にて磁石を悪用する手口。
手口はとっても簡単。周囲に誰の目もないときに、ポケットから磁石をとりだし、これでパチンコ玉をガラス越しに引っ付けて、大当たりの穴へと誘導するというもの。
いまのように店内に監視カメラがなかった時代の話。
こすい手口だが、誰でもできるから、そこそこ流行ったらしい。
などという話をしながら、ミヨちゃんとヒニクちゃんは店内をぐるっと一周。
でも収穫はイマイチ。さすがに歴代の子どもたちに漁られ続けたので、そろそろ種切れらしい。
十個発見するも、うち二つはサビだらけにて、ポイッとリリースしたミヨちゃん。
磁石を垂らしながら帰路につく。
と、唐突に「カチャン」と音がした。これまでとはちがう強い引きを感じてミヨちゃんはおもわずビクっ。隣にいたヒニクちゃんもつられてビクリ。
おそるおそる見てみれば、磁石が大きな何かを釣り上げていた。
二人の視線の先には、一本の包丁。
サビてどす黒く変色しているソレを見た瞬間。
二人はゾーッとなって、何もかも放りだし、一目散に店内から逃げ出した。
「どうしてあんなところに包丁が? なんかおっかないよ」
廃墟に転がる包丁。あの変色はサビのせいか、それとも……。
いろいろと妄想を駆り立てられて、ミヨちゃんが、ぷちパニックになったところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「百均でも売ってるし」
スーパー、コンビニ、ホームセンター、雑貨屋などなど。
その気になればどこでも誰でも買えるいまの状況。
こっちの方がよっぽど怖い気がする。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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