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846 ぷらすわん

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 下校途中に本屋さんの前を通りがかったミヨちゃんとヒニクちゃん。
 新刊発売の告知ポスターを前に、ミヨちゃんがぼそり。

「最近の芸人さんはたいへんだよねえ」

 ポスターは芸人さんの本。
 多彩な才能ゆえに、テレビに、舞台に、ときには文筆業にまで活躍の幅を広げている。
 といえば聞こえがいいけれども、実態はちとちがう。
 本業の笑いだけでは生きていけないのだ。
 面白いのは当たり前。
 そこから更なる何かを求められるのが、いまの世間の風潮。
 高学歴であったり、特化した趣味を持っていたり、専門家ばりの知識を有していたり……。
 この風潮を称してミヨちゃんはこんな言葉を使った。

「プラスワンの時代」と。

 一方で、そういった世間の流れに逆らうかのごとく、ストイックに笑いに取り組み、舞台に固執する芸人さんもいる。
 一切の忖度なしにて、我が道を貫くものだから、あまり一般受けはしない。
 けれども刺さる人には刺さる。知る人ぞ知る。もしくは同業者からは一目も二目も置かれて認めらえている。あるいはそんな生き方に羨望の眼差しすら向けられている。
 でも一般受けをしないので、どうしても人気は出ない。
 人気が出ないから知名度もあがらない。

 これは何もお笑い業界に限った話ではない。
 俳優にしても、アイドルにしても、同じこと。
 プラスワンを求められる。
 いかに実力があろうとも、世間では目立ってなんぼのところがあり、注目されて認知されぬことには、次へと繋がらない。

 本業の足しになればと割り切れる者。
 もしくは事務所が率先してこれを後押しする者。
 こだわりやプライドを捨てて大衆に迎合する者。

 みな内心では忸怩たる想いを抱いていることであろう。
 それでも夢のためにとがんばっている。
 でもそんな姿がどこかちょっと悲しいとミヨちゃん。

「たしかに一時的には売れるかもしれない。足がかりにはなるのかもしれない。でも、それって本当になりたかった自分なのかなぁ」

 いろんな理由で憧れてその業界に飛び込んだ人たち。
 成功しているしていないにかかわらず、そこんところはどうなのかと、首をかしげるミヨちゃん。
 まだ世間を知らぬ幼女の戯言。
 しかしこれを受けたヒニクちゃんはおもむろに口を開いた。

「数字だけを追いかけると、いずれ本質を見失う」

 好きなことを思うさまに行い、成果に繋がるのが理想。
 しかし現実はなかなかそうはうまくはいかない。
 だから妥協する。それが大人の選択。賢い生き方。
 でも……という想いも捨てきれない。ただ人生の最期に
 満足して笑えるような生き方でありたいとは思う。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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