ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

847 せんびき

　
　いつものごとく仲良しのミヨちゃんとヒニクちゃんがそろって下校中のこと。
　本当はダメだけど、少し公園に寄り道することにした。ありふれた日常もいいけれども、たまに刺激を注入しないとマンネリになってしまう。倦怠期を迎えた夫婦のような関係なんて、幼女たちはノーサンキュー。

　園内の池の畔の歩道を進めば、水辺にて浮かんでいるカモの親子の姿が目に入る。
　一列に並んで親鳥のあとをついていくヒナたちの姿を見ていれば、おもわずほっこり顔の筋肉も弛緩するというもの。
　しばし岸辺に立ち止まり、その微笑ましい光景を眺めていた幼女たち。
　ふとミヨちゃんが言った。

「そういえばカモの親子の引っ越しが、毎回ニュースになるよねえ」

　都会の片隅から片隅を目指す冒険行脚。
　まだ飛べないヒナたちを連れてなので歩き。
　しかし周囲には危険がいっぱい。
　カラスなどがヒナを狙っているし、道路にはぶんぶん自動車が往来している。
　地形もまた旅の障害となる。
　ちょっとした段差が幼いヒナにとっては命取り。
　うっかり側溝とかに落ちたら、母ネコのように子ネコをひょいとくわえることができない母カモは、ただ周囲でオロオロするしかない。
　もっともお節介な人間たちが、見かねてそっと手を差しのべてくれるけれども……。

　イルカにしろ、ウマにしろ、イヌやネコ、カモなどなど。
　自分がかわいい、可憐だ、と認めた相手には激甘になる人間という生き物。
　自然や野生という概念はあり、うかつに人間が手を差しのべるべきではないということも重々承知しているけれども、だからとて見捨てることもできない。
　手前勝手な行動。
　でも、それもまた優しさの形のひとつ。
　正解・不正解からの枠を超えた感情にて、ゆえに無下に否定もできない。
　これもまた人間という生き物の特徴なのである。
　一方で同族を平気で見捨てる非情さも持ち合わせているのだから、人間とはふしぎな存在である。

「よくマンガとかに登場する支配者が言っているの。『百人の犠牲で一万の命が助かるのならば、わたしは百人を切り捨てる』とかみたいな台詞」

　小を捨てて大を守る。
　集団生活を営む人間という種族には、必要な概念。
　というか、たぶん群れで行動する生き物の大半は、そうなのであろう。
　そこにごちゃごちゃとお題目や理屈をこねるのは、きっと人間だけ。
　カモはかわいい。捨てられたネコはかわいそう。迷い犬は保護しなければ……。
　なのに同じように街中を彷徨う不幸な同胞には、蔑みの視線を送る。

「結局さぁ、かわいいは正義。かわいいは生存戦略なんだよ」

　美人薄命？
　ノンノン。どう考えても得することの方が多い。
　頭が悪いよりかは良い方が、いいに決まっている。
　背だって低いよりかは高いほうがモテる。
　チカラだって弱いよりかは強いほうがいい。
　お金だってないよりかはあったほうが安心。
　顔や容姿もまた同じこと。
　なんぞという身もふたもない結論を下したミヨちゃんに、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「だよね」

　街を放浪していた相手が美少女ならば、
　きっと大勢の人物が手を差しのべるはず。
　でもうらぶれたムサいおっさんだとしたら、ねえ。
　優しさとは、残酷な線引きのバロメーター。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。