ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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851 けしょう

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 極端に短いトンネルがある。
 学校のプールよりも短くて、すぐ向こう側が見えている。
 わざわざトンネルにした意味がわからないような、本当に短いもの。
 それでも丸ごと削って地形を変えるよりかは、ずっと安価な工費ですむからなのだろうか……。

 ミヨちゃんの住む街の山の手の国道沿いにも、そんな場所がある。
 それも三つ、短いものが連なった場所が。
 交通量は多く、昼夜を問わずにブンブン車が通っている。
 歩道もあって地元の人たちも生活路として活用している。
 トンネル工事中に不幸があったとか、因縁のある土地だとか、そんな話もなく、またそんな話が介在する余地のない、じつにあっけらかんとした三連トンネル。
 ぶっちゃけ三つすべてを繋げても、まだまだ短い。
 よって内部には陽の光りが届き、夜になっても薄気味悪くなることもなく、慣れてくるとそこがトンネルであることすらも、うっかり忘れてしまう場所。

 街側からそこを抜けると山の麓にある自然公園へと行ける。
 ちょっとしたアスレチックのような遊具がいっぱいあって、ウォーキングに最適な遊歩道もあり、地元のお年寄りから子どもたちにいたるまで、熱烈な支持を受けている。
 だからこの日は、ミヨちゃんとヒニクちゃんもいっしょに遊びに行くことにしたのだけれども……。

 ちょうど二人がトンネルの入り口へと差しかかかったときのこと。
 向こう側に人影がみえた。
 日傘をさした和服の女性。
 おおかた散歩でも楽しんでいるのだろうと、二人は特に気にした様子もなく足を進める。
 向こうも歩いているから、当然ながらどんどんと距離が縮まっていく。
 ミヨちゃんたちがちょうど一つ目のトンネルをくぐり終えたとき、相手もそうであった。
 そのときである。ヒニクちゃんがふいに立ち止まったものだから、並んで歩いていたミヨちゃんもつられて立ち止まる。

「どうしたの?」

 ミヨちゃんがたずねると、人差し指を口もとにあててヒニクちゃんがシーっのポーズ。
 で、周囲に耳を傾けることになったのだけれども、そこでミヨちゃんも「あれ?」と首をかしげることになる。
 音がやんでいた。
 あれほどうるさかったセミの声が聞こえない。
 山の方からときおり届くトリの鳴き声や、木々のさざめきもしない。
 それどころか車もちっとも通りかからない。
 まるで日常から切り離されてたような状況の中、ふと前を向けば例の和装の女性の姿が目に入った。
 そして、さらに首をかしげることになるミヨちゃん。

「どうしてあの人まで立ち止まっているのかしらん」

 まるで自分たちの動きに示し合わせたように足をとめている女性。レースの日傘がくるりくるりと回っている。傘の柄を手の中でもてあそんでいるみたい。
 すでに短いトンネルひとつ分しか離れていないので、姿は視認できる。
 けれども顔は日傘で隠れているのでわからない。和装に慣れた足どりからしてけっこう歳がいっている?
 疑問は疑問のままに、「まっ、いいか」と歩き出したミヨちゃん。
 それに合わせてヒニクちゃんも歩き出す。けれども立ち位置が先ほどまでとはちがった。
 さっきまでは左側を歩いていたのに、今は右側。
 その位置はまるでミヨちゃんと向かってくる女性の間を守るかのよう。

 二人の幼女が歩き出すのとほぼ同時に動き出した日傘の女性。
 やがて双方はトンネルのなかばにてすれ違う。
 が、とくに何もない。
 ただ少しばかり空気がひんやりしたような気がした。
 すれ違うとき、ミヨちゃんが何気に顔をあげて日傘の女性の顔を覗こうとする。
 しかし瞬間、ヒニクちゃんがミヨちゃんの腕をギュッと掴んだもので、そちらに意識をとられて、結局は見ることなく通り過ぎる。

 トンネルを出て、陽の光の下へと出たとたんに、世界に音が戻ってきた。
 セミしぐれにまぎれて、ミヨちゃんが「ねえ、いったいどうしたって……」とヒニクちゃんにたずねようとするも、その言葉が最後まで発せられることはなかった。
 横を向いたひょうしに、ちらりと後方をみたら、さっきの日傘の女性の姿がどこにもなかったからである。

「えっ、あれ、なんで、えっ、えぇーっ!」

 あわてるミヨちゃんに、ヒニクちゃんがぼそり。

「山の怪」

 正体みたり枯れ尾花。なんて言葉もあるけれども。
 世の中には下手に知らないほうが良いこといっぱいある。
 例えばさっきの日傘の女性の正体とか。
 あとは化粧を落としたお母さんや彼女の顔とかも。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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