ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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858 きょひ

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 市内のハトの姿がめっきり減った。
 エサをやっていた人が来なくなったせいもあるが、たぶん数を頼みに調子に乗り過ぎたせいで、どうやらこの地を支配するモノたちの逆鱗に触れてしまったらしい。
 そういえば河川敷のボスはともかくとして、ドンをはじめとするノラネコたちや、カラスらが、ちょっと太ったような気がしなくもない今日この頃。

 いつものごとく元気よく登校したミヨちゃん。
 扉をがらりと開いて「おはよう!」と声をかければ、何やら教室内の雰囲気がピリピリしていた。
 男子数名と女子数名がにらみ合っている。
 ミヨちゃんが近くにいた子に「どうしたの?」と小声でたずねれば、「じつはマスクのせいなの」と教えてくれた。

 ここのところ世界的に蔓延している感冒のせいで、すっかり定着しつつあるマスク姿。
 長時間同じ空間を多数の人間が共有する学校の教室でも必須とされているけど、時間の経過とともに慣れと油断が生じて、じょじょに形骸化しつつあるのが実情。
 とどのつまり、律儀にマスク着用を守っている者もいれば、そうじゃない者もいるということ。
 そして一部の男の子は、そういった上からの押しつけに、とかく反発しがち。

「そんなのなくてもへっちゃらだい」

 強がり半分、粋がり半分。
 内心ではちょっとビビッているけれども、そんなことは口が裂けても言えやしない。
 だってそんなことが露見しようものならば、友だちにバカにされるから。
 ある一定の年齢層の男の子は、とかく面子を重んじる傾向がある。
 けれども男の子のそんな涙ぐましい努力は、女の子からすると「あんたバカなの?」と一笑もの。「そこじゃない。意地の張りどころをまちがっている」なのである。
 でもって、本日の騒動の発端は実際に世間で起因する。

 飛行機が途中で着陸した。
 電車が途中で停止した。
 そしてマスク着用を巡ってトラブルを起こした客が強制的に降ろされた。
 運営側、乗り合わせた客、着用を拒んだ当事者。
 各々に言い分はあるだろう。
 各々に信じている正義もあるだろう。
 各々に理屈もあれば落ち度もあるだろう。
 そしてこの手の問題が起こると発生するのが賛否両論。
 第三者が好き勝手に議論を始めちゃうから、大炎上必至。
 そのくせ誰もが納得のいく答えがでないから、とっても不毛なのである。

「あー、その影響を受けちゃったんだ」

 とミヨちゃんはちょっとあきれ顔。
 義務じゃない。あくまでお願いベースならば唯々諾々と従う必要はない。
 それは間違いじゃない。けれどもだからといって我を通した結果、大勢の人に迷惑をかけるのもちとちがう。
 とはいえ、まっとうな権利を行使していると言われたら「うーん」となってしまう。
 また集団同調の危うさを説かれても、やっぱり「うーん」となってしまう。
 主張に納得できる点がある一方で、小首をかしげる点もある。
 なんにせよ、子どもは大人の背中を見て育つゆえに、大人のすることをすぐにマネしたがるのだから、その辺に関してはもう少し注意を払って欲しいと思うミヨちゃん。

「ぶっちゃけ、何が正解なんだろうねえ」

 なんとなく最初のボタンをちょびっと掛け違えただけのような気がする。
 そうミヨちゃんがつぶやいたところで、がらりと教室の扉が開いて姿を見せたのはヒニクちゃん。挨拶もそこそこにこう言った。

「人あしらいの巧さも立派なスキル」

 使う文字のひとつで、がらりと受け手の印象が変わるのが言葉。
 ちょっとした仕草、機微を察する、空気を読む、場を和ます。
 物事を円滑に運ぶ、などなど。数値化できない優れた能力は多々ある。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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