ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

月芝

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993 れい

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「あら、ごめんなさい。わざと踏んだのではなくてよ」

 まさにこれから処刑されようとしているときに、うっかり死刑執行人の足を踏んでしまったマリー・アントワネットが慇懃に詫びた言葉。
 飢えた大衆に「パンがなければビスケットを食べればいい」とあっけらかんと言ったことでも有名な彼女。
 オーストリアから単身嫁ぎ、慣れない土地で孤軍奮闘。
 にもかかわらず最後は断頭台の露と消えた悲劇の王妃。
 傲慢で浪費癖があり、民を顧みない高慢ちきな女性としてずっと認識されていたが、近年の歴史研究が進むほどに、実像はぜんぜん違うということがわかってきた女性でもある。
 宮廷育ちの深窓の令嬢だけれども、幼少期より厳しくしつけられた女性が、そもそもしょうもない人間なわけもなく。よくよく考えればさもありなんと納得することも多々。
 マンガとかだと「ほほほほ」と羽扇片手に高笑いしている、盛りまくりのクルクル巻き毛に描かれがちゆえに、ミヨちゃんもはじめはそんな感じの悪女なのかと思っていた。
 でも、わりとちゃんとした歴史の本を読んでちがうと知った。
 それどころか最後の台詞にすっかりシビれた。

「かっこいい……」

 最期の最期まで毅然とした態度のままで逝く。
 これがじつにムズカシイ。
 大半が恥も外聞もなく、泣きわめき、命乞いをし、助けてと懇願し、死にたくないと叫ぶ。
 たとえ覚悟を決めていても、いざともなれば。
 こればっかりは経験した人間にしかわからないだろうし、できれば体験せずに済む平穏な一生でありたいと願う。
 もしも自分だったらと想像するだにガクブル。
 かと思えば、こんな言葉を最後に残した女性もいる。

「ごくろうさま」

 銃殺刑にされるときに、部下を率いる士官へにっこり微笑んで逝ったのは稀代の女スパイ、マタ・ハリである。第一大戦中に活躍した彼女。
 そういった仕事に従事している以上は、こういう最期を迎えることも想定していたのだろう。
 にしてもこの場面で平然とそういう態度ができて、さらりと言葉が出てくることこそがスゴイ。
 なんという胆力!
 女は度胸とはいうけれども、それを実践し貫き通せる者がいたことに、ミヨちゃんは感激したものである。

「こういうのを粋っていうのかなぁ」

 ドラマチックな人生の果て。
 そのまま映画とか小説になりそうな生きざま。
 ちょっと憧れる。けれども自分には無理そう。だからこそ無性に心惹かれる。

「昔の戦国武将とかも、ふだんから辞世の句ってのをある程度、考えていたみたいだし」

 一寸先は闇ではないが、常に死が近くにあった時代。
 そこに生きる者たちは、みな大なり小なり覚悟を持っていた。
 対して現代はどうであろうか?
 ずっと恵まれた環境にはあるけれども、そのせいで肝心なことを忘れてしまっているような気がする。
 べつに片意地を張って生きろというわけじゃないけど、だからって当たり前のように日々を甘受するのはどうなのか。
 ミヨちゃんがそんなことを考えつつ「わたしは粋になりたい」とか言い出したところで、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「臨終の言葉って創作も多い」

 いざ、死を迎えるときに、余裕なんてなさそうだし。
 とはいえキチンと人生を締める人がいることも事実。
 個人的には「ありがとう」が言えたら上出来かも。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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