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160 海の狂母
しおりを挟むのっぺりした顔のわりに、開いた口にはずらりと鋭い牙が並ぶ。
だた飢えを満たすべく、アナゴサーンの稚魚たちは目の前の獲物にしゃにむに食らいつく。
させじと振るった刃――狙いや角度が甘いと体表をぬらり、剣が滑る。
コウケイ国の軍人らが帯刀している剣は、いまはそのほとんどが枝垂の梅印の魔鋼製である。魔鋼は魔素をふんだんに含んだ特殊な鋼材にて、これを用いて名工が鍛えた武具や防具は、装着者の魔力を高めたり、魔法の威力をあげたりする効果が得られるという優れ物。
そんな魔鋼製の剣に魔力を注入し、威力が数段増しているのにもかかわらず。
うまく斬れない? いつもと勝手がちがう!
動揺し焦る隊員らに、「ちがう! こうやるんだ」とジャニスが一喝し手本を示す。
いつもの洗練された剣技とは異なる太刀筋。
それはまるで堅い具材を相手にする料理人の包丁のよう。
ダンッ!
敵に対してほぼ直角になるように振るわれた剣、刃が肉にめり込んだところで、グッとチカラを込め、体重をのせる。
ブツリ……
ぬめる粘液に剣が絡めとられる前に、ひといきに肉を断ち、骨をも断つ。
やや強引な両断、押し切りだ。
一匹を血祭りにあげたジャニスは、返す刀で別の稚魚の口へと剣の切っ先を突き入れ、喉から脳天を貫く。あるいは四つある目元のうちのひとつを狙い眼孔からの頭部破壊を狙う。
荒々しくも着実に稚魚をさばいていくジャニスに、息を吹き返した隊員たちもこれに続く。
枝垂は跳弾を警戒し、援護射撃は控えて、ポーション類での支援に徹する。
なお飛梅さんは、指一本の貫き手で襲いかかってくる稚魚らを、穴だらけにしていた。
こうなると数は多くとも雑魚である。
互いをカバーしながら落ち着いて対処すれば、どうということもない。
争乱の場が船内通路というのも守勢側の利となった。前方に注視するだけでいい。
枝垂たちにとって、さらなる幸運となったのが、稚魚たちの浅ましさ。
生きているうちはみんな大切な家族で兄弟だ。でも死んだら、ただの肉である。
動かなくなった同胞へと食らいつく稚魚が、そこかしこにて共食いを始め戦線を乱し、稚魚の群れは勢いを失くす。
おかげで当初こそは押され気味であった防衛戦は、中盤からいっきに調査隊が盛り返すことになった。
◇
戦いの趨勢は決した。
もちろん調査隊側の勝利である。磯臭さと数の多さに辟易させられるも、まず圧勝といってもいいだろう。
だが失うものもあった。
全身ぬるぬるにて、酷い有り様……。
類人や蟲人はまだいい。気の毒なのが獣人たちである。とくにジャニスのような獣頭タイプだ。日頃の凛々しくも雄々しい姿もどこへやら。
雨の日に濡れた野良猫のごときにて、へにょんと耳を下げ、尻尾も垂れている。
おもわず「ぷぷぷ」と噴き出しそうになった枝垂だが、ジャニスにギロリとにらまれ、あわてて顔をそらした。
そんなわけで勝ったわりに隊の士気はだだ下がりである。
なにげに本日の探索で一番の窮地に陥ったかもしれない。
これを救ったのが、水属性の隊員であった。瞬時に氷の壁を出したり、敵勢を凍らせたりはできないけれども、水は普通に出せる。量もそこそこ。
ジョボ、ジョボ、ジョボ……
綺麗な水を頭からかぶって、ブルブルと身を振るわせば、獣人たちはたちまちシャキッと復活!
ついでにヌルヌルにて滑りやすくなっている床の汚れも洗い流すことで、一行は先へと進めるようになった。
水属性の隊員はおおいに面目を保ち、枝垂は素直に「さっきはちょっとバカにしてごめんなさい」と謝った。
かくして心機一転、船首部分の奥にある錨鎖庫へと調査隊は向かおうとしたのだけれども――
ズズズズズ、視界が上下する。
地震のような揺れ。船そのものが震えているのだ。
それとともに奥の方から、もの凄い圧力が押し寄せてくる!
離れていてもわかるほどの怒気は、アナゴサーンの母体のもの。
海の狂母が怒り心頭を発し、寝床より猛然と飛び出してきた。
これを例えるならば、まるで線路上をひた走る新幹線だ。
狭い通路の中、逃げ場はない。全力の駆け足で甲板まで戻っても間に合わない。
「各員、壁際に張りつけ! 身を伏せろ!」
ジャニスが叫び、みなは急ぎその指示に従う。
みんなが壁に己の身を押しつけ、もしくは床の隅に這いつくばり、出来るかぎり薄く小さくなるのと前後して、すぐ側を轟々と列車と見紛う物体が駆け抜けていった。
アナゴサーンだ。
我が子たちを殺されたアナゴサーンのお母さんが激オコにて、頭から突っ込んできた。
こんなのに巻き込まれたら、たちまち轢死体(れきしたい)となってしまうだろう。
「ひえぇぇぇぇぇぇ」
身を伏せ縮こまる枝垂は悲鳴をあげた。
そんな中にあって、逃げなかった者がひとりだけいた。
飛梅さんだ。
雌型の木偶人形は、正面からアナゴサーンを受け止め「どっせい」とばかりに踏ん張ってみせる。
が――アナゴサーンの動きが止まったのは、ほんの一瞬のこと。
ずるりと飛梅さんの足が滑った。
運悪く床に残ったぬめりを踏んでしまったのだ。
これによりチカラの拮抗が崩れて、飛梅さんの身はアナゴサーンに持っていかれてしまう。
木偶人形と海の狂母はともに通路を抜けて、甲板へと飛び出した。
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