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241 鉱人と樹人
しおりを挟む夢を見ていた。
ふたりの人物が言い争っている。
いや、ちがうか……これは激昂している片方を、もう片方がどうにかしてなだめようとしているんだ。
「身の内の奥底深くに刻まれた痛み、この憎しみをどうして忘れられようか!
連綿と転生を繰り返す樹人の貴様にはわかるまい?
この苦しみがいかに不滅に近しい身の上である我らを苛むのかを。
一度刻まれたが最後、これはもう消えぬのだ。けっして失せぬのだ。癒されることもなく、傷口はただ広がり、よりいっそう深くなるばかり。
あぁ、裂け目からとめどもなく黒い感情が溢れてくる。
そのために、いかに長い時間を経ようとも恨みが薄れることがない。
ココロが、魂が悲鳴をあげ続けては血の涙を流し続けている」
全身より怒りもあらわなのは、石で造った等身大のパペットのような存在……おそらくはこれが鉱人なのであろう。
「だからとて、復讐なんぞをして何になるというのか。さらなる不幸を招き寄せるばかりか、ついにはふたつの世界をも破滅へと導くことになるのだぞ」
猛る鉱人を必死に説得しているのは、飛梅さんと似たような容姿をした木偶人形……たぶん樹人だ。
鉱人は鉱物系のヒトにて、地魔法と錬金術により造り出されるゴーレムに近しい容姿をしている。見た目通り、種族全体が地魔法に特化しており、その精度や規模は他種族の地魔法とは一線を画す。
彼らは核となる部位があって、それさえ無事であればカラダをいくらでも再生できる特性を持ち、病気とは無縁。もっとも不死不滅に近い種族とも云われていたという。
樹人は植物系のヒトであるが、その在り方は実に多彩である。
木偶人形のような容姿もいれば、樹木そのままの姿もあり、上半身が類人で下半身が大きな花であったり、見目麗しい花の精霊のようであったり……
ベースが植物であるがゆえに火属性の魔法を扱える者がいない代わりに、植物魔法なる種族固有の魔法を遣える者がいたが、種族の消滅によりその魔法も絶えてひさしい。
現在の荒野には、かつてパピロスペタァルという国があった。
樹人と鉱人らの国にて、地上の楽園と謳われし美しい場所。
温暖な気候と豊かな植生、恵まれた大地、争いや諍いの類はなく、類人、獣人、蟲人らだけでなく、高位の禍獣とも共存共栄することを標榜していた。
植物を司る樹人。
大地を司る鉱人。
ふたつの種族の相性は極めてよく、その親和性により国は繫栄を極める。
しかし種族特有の個性的な在り方ゆえに、他の三種族とは微妙な距離があったことは否めない。
それでも彼らは互いに歩み寄り、いつか真から理解し合える日が来ると信じていた。
だが、ある日、突如として悲劇が起きた。
原始の星骸が襲来!
未曾有の災厄を運ぶ者を前にして、樹人と鉱人らは懸命に戦った。
けれども、周辺国は援軍を出すこともなく、固く門戸を閉じて、自国の防衛を優先する。
各々事情があったのだろうけど、結果としてパピロスペタァルは滅亡し、樹人と鉱人らは三種族に裏切られた格好となった。
しかし国と共に滅んだとされていた樹人と鉱人は生きていた。
原始の星骸との戦いのおりに開いた、次元の穴に呑み込まれて、地球側へと渡っていた生き残りがいたのだ。
とはいえ地球はギガラニカとは、まるで異なる生態系と環境である。
なにより地球には魔法がなく、魔素も希薄ゆえに、それがある環境にて生きてきた樹人と鉱人にとっては、過酷とまでは言わぬがおもうままにならぬ状況に身を置くことになる。
そんな状況下にあって、ふたつの種族の道は分かたれた。
鉱人は、自分たちを裏切り見捨てたギガラニカを、自分たちの国を滅ぼした星骸を産み出した地球への復讐の道を。
樹人は、復讐と憎悪にとり憑かれた鉱人を止め、星骸の被害により荒廃の一途を辿っているギガラニカの再生を模索する道を。
「他者の犠牲の上にあぐらをかき、素知らぬ顔にて安穏と暮らす者どもすべてに、同じ痛みを、より強い慟哭と絶望を与え、存分に思い知らせてやる」
「そんなことをしてどうする。その先に待つのは破滅と虚無だけだぞ」
「だからどうした? べつに困らん。なにせ我らは鉱人だからな。すべてが死に絶え、静寂と沈黙の時代が到来するのを、粛々と待つだけよ」
「なんということを……そんな孤独の牢獄のような世界で、本当にやっていけるとおもっているのか」
「えぇい、うるさい! うるさい! うるさい! どのみちもはや手遅れよ。我らが手を下さずとも、愚かな地球人類は勝手に自滅への道を進んでいる。放っておいても、滅びるわ。ならばせいぜい有効活用してやるだけだ」
「だからとて、それではあまりにも救いがなさすぎるっ!」
鉱人と樹人の言い争いが延々と続いている。
話は平行線のままにて。
夢の中で枝垂はその様を見ていることしかできない。
だが、その時のことであった。
不意にうしろ襟をグイと引かれたとおもったら、あっという間に空高くへと何者かに持ち上げられてしまった。
みるみる遠ざかっていく鉱人と樹人たち。
じきに雲みたいなところに突っ込むも、まだ上昇は続いている。
どうにかして自分を掴んでいる相手の正体を確認しようと、首をひねった枝垂の目に飛び込んできたのは、トゲトゲしさのない柔らかい光であった。
枝垂は眩しさで目を細める……
☆
目を覚ますとそこは医務室にて、枝垂は医療用カプセルの中にて水に浸かっている状態であった。
ほどよい温度ととろみのある薬液に満たされたカプセルの中は、まるで妊婦のお腹のようにて、とても心地いい。
ゆえにすぐに瞼が重くなって、ふたたび目を閉じる枝垂であったが、眠りに落ちる寸前にちらりと見てみると、失われたはずの右腕はちゃんとあった。
どうやら、また飛梅さんやエレン姫たちが黄金の梅干しを食べさせてくれたおかげで、九死に一生を得たらしい。
だが前回の時よりもよほどダメージを受けていたのか、カラダがとにかく重く、気怠くてしようがない。
とてもではないがすぐには起きれそうにない。
だから枝垂は抵抗することなく、意識を手放す。
鉱人と樹人の夢はもう見なかった。
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