青のスーラ

月芝

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52 王都編 ゲート

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 クロアが五歳になった。
 本来ならば盛大なお披露目パーティーをするところだが、色々と予定が立て込んでおり身内にて済ませる。とはいっても屋敷に勤める全ての家人が参加したので、充分に盛大な催しとなった。
 そしてなんのかんのと日々は過ぎ、ついに王都の茶会に出発することになる。
 一緒に行くのはアンケル爺、メイド長のエメラさん、専従メイドのルーシーさん、警護の面々、そして青いスーラのオレ。
 あれ、少なくない? こんな物騒な世界なのにって思っただろう。
 実際のところ領都ホルンフェリスから王都ウイザムまで、馬車でおっちら行ったら一月近くかかる。途中にはモンスターの襲撃やら賊の類だって出現する。なのにこの人数。
 それにはちゃーんと理由がある。
 なんと! この世界、転移魔法がありました。
 正しくは転移できる魔道具「ゲート」が存在している。
 文字通り転移の門。設置型の大きな魔道具で各領都と王都を繋いでいる。
 おかげで長々と旅をせずに、一瞬で王都へ行けるというもの。ゆえにこの人数。
 あちらで滞在することになっているランドクレーズ本家の別宅には、常時人手があることと、王都への入場制限なども理由となっている。
 王都には身分によって引き連れていける人数が決まっている。偉い人ほど多くなる。ちなみに爺のところは八大公家の分家筋だから、その気になれば結構な大名行列を連れていけるものの、無駄を嫌う彼がそんな事をするわけがない。
 そんなわけでとっても便利なゲートなのだが、残念なお報せがある。
 こいつは伝説級のアーティファクト。
 たまたま遺跡から出土したモノ。目下研究は進んでいるものの、再現には至っていない。現存しているのは十組のみ。八つある領都と王都を繋ぐのに常時使用しているので残りは二組。うち一組は予備、もう一組は戦や災害などの緊急時用とされ、王家によって厳しく管理されている。
 ゲートは便利だけれども、とっても貴重な代物。だから気軽には利用できない。領主及び王都側に事前に申請を出して、許可を貰って初めて使える。基本的に余程の高位か、事情でもない限りは申請は通らない。
 オレたちが今回ゲートを利用できるのは、王都でのお茶会に参加するという名目があるから。王家主催、五歳児の貴族全員参加、なのにその辺をウロチョロされて、モンスターにパクリとかやられたら堪らない。ゆえの今回限りの特別措置、出血大サービスでのゲート開放。

 領都中央部から、更に奥へとオレたちの馬車が入っていく。
 途中から案内が付き、先導に従って進む。
 じきに四角い箱型の建物が見えてきた。
 無骨な石造り、内部の天井は高く、照明もあるのだが、少し薄暗くて寒々しい気分にさせられる。
 長い通路の突き当りに目的の場所はあった。
 ゲートと言われる魔道具は壁に埋め込まれる形で存在していた。
 飾り気なんて一つもない。アーチ型の大きな扉が壁に描かれているだけにしか見えない。
 怪訝そうなオレをよそに、手続きを済ませた一行は先へと。
 ゲートが淡い光を放つ。蒼い炎にも似た妖しい光。
 馬たちは躊躇することもなく光の中へとカポカポ歩く。
 馬車が光に呑み込まれる。
 ほんの一瞬の出来事。
 瞬きする暇もなく、オレたちはゲートの向こう側へと辿り着いていた。



 周囲に人の気配が増える。
 外からの制止の声を受け、馬車が止まった。
 丁寧なノックに促され、オレたちは馬車の外へと出る。
 王都側の受け入れ口は、領都側よりも大きいドーム型の建物だった。
 周囲に目をやると先ほど潜ってきたゲートと同様のモノが三つ。
 どうやら四方に一つずつゲートが配置されてあるようだ。だからここには四つしかない。たぶん別に同じような機能を果たす建物があるのだろう。
 一行を止めたのは王都側の警備の人たち。
 ゲートにて王都に来た者は例外なく、馬車から降りて姿を見せる。これは害意がないことを示す古い習慣。いささか形骸化しているとはいえ、ある種の通過儀礼として継続されている。ただし、中には面倒がってゴネる馬鹿もいるようだ。
「オレを誰だと思っている」とか平気で言っちゃう恥ずかしい奴。ほら、ちょうど向こうの方で騒いでいる、あの若い男だ。
 周囲が呆れた顔をしている。対応している警備の人に青筋が……。

 そんな騒ぎもあったが、こちらはいたって平穏そのもの。
 アンケル爺は礼儀正しい。クロアは大人しくしている。メイドさんらに至っては言うに及ばず。スーラのオレも見咎められることもない。
 使い魔やペットを同伴している客も多い。申請さえ済ませておけば問題ない。もちろん爺に手抜かりはない。
 やましい点は何もないので、粛々と手順を踏む。

 不意にゾクリときた。

 殺気……ではない。害意でもなく……視られている、観察されている。
 泉の森の奥でも、たまに感じたことのある視線。
 獲物を狙う眼ではない。いわばその前段階、相手が自分の獲物足り得るのかを見極めようとする眼。
 すっかり忘れかけていた野生の感覚がオレの中に蘇る。
 全方位に視界を展開。素早く周囲を確認。気配の主を探す。
 いた! 奴だ。
 別の一行の相手をしている警備の一団。
 厳めしい甲冑姿が並ぶ、その中に奴はいた。

 青い髪の女がじっとオレを見ていた。
 右目だけが紅い。この世界の月と同じ色だ。
 甲冑を身につけ帯刀している女騎士。背丈はエメラさんと同じぐらい。女性としてはわりと高いほうだが、周りの連中が大きいので、その姿が埋もれがちになっている。
 剣が違う。
 警備の騎士たちは両手剣か片手剣、もしくは細剣を持っているのに女のソレは、まるで形状が異なる。鞘に収まっている姿は日本刀に似ていなくもないが、とにかく長い。一メートル五十近くもあるぞ。緩やかな曲線を描き反っている。細い三日月を連想させる姿だ。どうやって抜くのか、アレを使ってどのような攻撃をしてくるのか、まるで想像がつかない。そもそも本当に鞘から抜けるのか?

 にこやかに挨拶を交わしている一行をよそに、オレは一人密かに緊張していた。
 自分の何があの女の琴線に触れたのかがわからない。いっそ殺気でもぶつけられたほうがまだマシだ。やられたらやり返すだけでいいからな。

 気づいたら、いつの間にやらメイド長のエメラさんがオレの側に来ていた。
 どうやら彼女にはオレの異変を悟られてしまったらしい。
 なにせいつもはプルルンと揺れているスーラボディが、ちょっと固めなハードボイルド。
 彼女はすぐに、こちらに向けられる視線にも気がついた。

「あの剣にあの容姿……たぶん彼女は『ザビア・レクトラム』ですね」

 エメラさん情報によると、若い身でありながら昨年、王都の剣闘会にて名立たる参加者らを倒し優勝。整った容姿、独特の剣技、サラリと流れるように揺れる青い髪、闘う姿が夜空を駆ける星を想わせることから、ついた字名は流星のザビア。

 凄腕の女剣士、そんな相手にどうしてオレは睨まれている。

「彼女に何かしたんですか?」

 胡乱そうなエメラさんにジト目をされた。

《こっちが訊きたいぐらいだよ》

 身に覚えのないオレは体をぷるぷる震わして抗議の意を示す。

 結局、謎の熱視線は手続が完了して馬車に乗り込むまで、絶えることはなかった。

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