青のスーラ

月芝

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80 素人と玄人

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 この頃のオレのマイブームは親っさん。
 親っさんとは鍛冶工房を預かる職人らの棟梁。
 ちなみにドワーフ、だが背は高い。ムッキムキのガチムチだ。なにせ日がな一日、重たいハンマーを振り回しているから。

 アンケル・ランドクレーズ家の広大な敷地内には鍛冶工房がある。
 騎士団を抱えているし家人らも多いので、武具の手入れからペン先まで、工房ではなんでも扱っている。腕前に関しては推して知るべし。伊達に爺のお眼鏡には適っていない。
 棟梁が一心不乱に腕を振るう姿は、神々しいまでに美しい。
 薄暗い工房内、室内を満たす熱気、炉から漏れる橙色の明かりが男の頬を照らす、瞬きすることなく視線は手元を睨んだまま、道具が打ち下ろされる度に火花が舞い散る、初めのうちは鈍い音が鳴るばかり、何度も何度も叩きつけられるハンマー、火と打が繰り返されるたびに形が少しずつ変わっていく、するとじきに澄んだ音色が聞えてくるようになる、そして仕上がるひと振りの刃。
 実に見事な鍛冶仕事。オレは時間が経つのも忘れて魅入っていた。
 ただ惜しむらくは仕上がったソレが料理長が依頼した包丁であったことか。
 いや、あの料理長から調理器具を任されているというだけでも、凄いことなのは重々承知しているのだが、やはりここは名工のひと振りを、ちょっとおっさん見てみたい的な。
 ミーハーなのはわかっているさ。だけど気になるだろう。鍛冶ってば、こう男心をくすぐるというか、琴線に触れるというか。それに剣ってやっぱり憧れる。せっかくのファンタジーだしな。たとえ謎生物スーラには持てない代物だとしても。
 さらっと作った剣が実はスゴイ出来だったとか、なんて言ったっけか、前世の小説であったよなぁ。えーと……たしか生産チートとか言う奴。
 森の奥で薬物系にはかなり手を染めた。怪しげな材料が周囲にてんこ盛りだったから、適当に混ぜているうちに色々作れた。こっちに来てからはドリアードさんの協力もあって、図書室のどんな資料よりもオレの方が詳しい。表に出せないような薬物もいっぱい作った。これもまた生産チートといえばそうなるのだろうが、なんか地味なんだよねぇ。
 そこで鍛冶仕事というわけです。
 どうせ暇だし、いっちょ挑戦してみることにする。

 オレは地中より物質を抽出できる。
 より正確には液状化した体を染み込ませて、そのついでに使えそうな成分を吸収して、まとめて輩出することが可能。
 便宜上「抽出」と呼んでいる技能を使い、身の回りからコツコツと材料を採集。
 意外にも身近なその辺の土の中に、砂鉄やら金属成分なんかが転がっている。一つ一つの量はごく微細だが、まとめると結構な量になる。こうして仕上がったインゴットは、なかなかの出来だと自画自賛。
 鍛冶仕事も自分の体内で行う。
 粘土細工のように、溶かして伸ばして固めて整形に刃入れ……というワケで完成第一号。いきなり剣はハードルが高いので、とりあえず果物ナイフにしてみた。刃と柄の部分が一体化のタイプ。アイテム収納内に保存してある果物を取り出し、皮を剥いてみる。切れ味は正直微妙だった。ところどころ皮が引っかかる、スムーズに剥けない、せっかくの実がグチャグチャ。

《……失敗だな》

 とりあえずコイツはしまっておいて、やり直し。
 何本も作っては失敗を繰り返す。ときおり親っさんの仕事を見学に行っては、コツを盗みつつ、また挑戦。何日も過ぎて、ついに試作は百本を超えたが、やはり納得のいく品は一本も作れなかった。試しに剣も作ってみたが、出来は散々であった。隙をみて親っさんの作った剣にぶつけてみたら、ぱっきりと折られた。それはもう、ものの見事に。その瞬間にオレのミーハー心もぺっきり折れた。
 素人と玄人……、その言葉の重みをようやく理解した。
 生涯を賭している職人の仕事。これに手慰みで追いつこうだなんて、冒涜以外の何物でもない。オレは自身を猛烈に恥じた。
 反省したオレは失敗作をすべてインゴットに戻し、とっておいても使い道が浮かばないので、親っさんに進呈した。
 こちらとしては何度も仕事場にお邪魔していたお詫びと、今後も見学にくるつもりなので、その見物料のつもり。
 アイテム収納からにゅるんと出した数本のインゴットを見て、親っさんが「こいつぁ、いい鉄だ」と言ってくれたのが嬉しかった。
 どうやらオレには鍛冶の才能はないらしい。でもインゴットを作る才能があったようだ。今度からはコレを敵にぶつけるとしよう。



 これはずーっと後々のこと。
 アンケル爺が外遊に出ている際に暴漢に襲われた。いかに真っ当な商売をしているとはいえ、逆恨みをする輩はいる。おそらくはその者らから放たれた刺客であったのだろう。
 襲撃者は一人、腕はそこそこの剣士。
 こちらには警護の兵もいたし、メイド長のエメラさんも付いていたので、何も問題ないはずであった。だが彼女が怪我を負う。たいした怪我ではなかったものの、元S級冒険者に傷をつける……、それがいかに大変なことか。一行に動揺が走る。それを為したのは敵が持つひと振りの剣。
 禍々しい魔力を垂れ流す魔剣。
 まるで血糊のようにべったりと、不快なモノが刀身にまとわりついているのが、オレにはハッキリと視えた。エメラさんはこの魔剣の放つ、異様な気に当てられたのである。
 接近戦は危険だと判断した警備の連中が、遠距離攻撃に切り替える。しかし放った矢は打ち払われ、魔法はかき消されてしまう。いや、正しくは吸収している。魔力が視認できるオレにはそれが一目でわかった。接近すれば自身の魔力を奪われ動きが鈍る。それでエメラさんも不覚をとったのだ。これではオレも迂闊に近寄れない。なにせオレは歩く魔力炉みたいなもんだからな。気合を入れれば力技で乗り気れないこともないが、それは負担が大きいのでやりたくない。
 しかし種がわかってしまえば対処は可能。
 過去に似たような性質のモンスターとはやり合ったことがある。この手の相手には魔力に頼らず、純粋な物理攻撃で押せばいい。
 そこでオレはかつて親っさんに云われた言葉を思い出す。
 
「こいつぁ、いい鉄だ」

 誉められたのが嬉しくてあれ以来、ちょくちょく鉄や他の素材を拾い集めては、インゴットにして親っさんのところに差し入れていた。おかげでウチの騎士団の武具レベルが数段上がった。
 目の前の敵を倒すのにちょうどいい。
 親っさん公認のインゴットをたっぷりとプレゼントしてやろう。お前は何本まで耐えられるかな?

 無造作に投げつけられるインゴット。
 純粋なる物理攻撃を受けて魔剣の刀身が悲鳴を上げる。やがて中ほどから折れて砕けてしまうまでに十三本。よく耐えたほうであろう。なにせ一本が相当な重量である。馬車に載せたら車輪が軽く沈むぐらいの高密度なのだから。そのせいか剣の持ち主の方がなんだか先に参っていたな。最後の方は剣に動かされているかのようだったし。まぁ、実際に操られていたのかもしれないが、それはこちらには関係のない話だ。考慮に値しない。いちいち敵の事情を慮っていては戦えない。

《親っさんならハンマーの一撃で、この魔剣を砕いていたかもな》

 そんなことを考えながら、足元に散らばる魔剣の残骸を眺める。
 しぶとく不穏な空気を放ち続けている。だがここまでいくと、さすがに相手の魔力を吸い取ることは出来ないらしい。
 オレは触手を伸ばし、「超振動」技能にてソイツを粉々に砕いて塵に変えた。


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