青のスーラ

月芝

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143 破軍編 治安維持部隊の奮闘

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 王都より東に二日の距離にある街から、更に三時間ほど軍馬を走らせた荒地にて。

「隊長、罠の設置、すべて完了しました」
「わかった。それで奴はどうだ?」
「斥候からの報告では、真っ直ぐこちらに向かっているとのことです」
「そうか……これで仕留められたら楽なんだがなぁ」

 部下からの報告を受け、そうボヤいたのは辺境を巡る治安維持部隊の隊長。
 思ったよりも対象の移動速度が増しており、このままだと街での防衛線の準備が、間に合わないと判断した彼は、ここで一旦時間稼ぎをするために、自分の部隊だけで敵とひと当たりしてみるつもりであった。自分たちが闘っている間に、守備を固めるようにとの伝令は、すでに出してある。

 じきに東の空の雲行きが怪しくなっていく。

「砂嵐、目視しました」

 見張りの隊員が報告を上げた数分後には、部隊の面々の全員にもそれが視認できた。ゆっくりと砂嵐が近づいて来ている。あの中に正体不明の敵が潜んでいる。

「目標……、まもなく罠の地点に到達します」

 固唾を呑んで事態の推移を見守る男たち。
 そして爆音とともに一つ目の火柱が上がる。
 地面に埋め込むタイプの罠で、対象が感知内に入った途端に起爆する炎の魔道具。
 即座に二つ目、三つ目と反応が続き、やがて全ての罠が起動。大地が揺れて、計十八本もの火柱が天に向かってそそり立つ。
 灼熱の熱風が荒野を駆ける。それは男たちが居る場所にまで届き、彼らの肌をひりつかせた。一面に飛び散った砂塵が空にまで舞って、陽射しが翳り、視界が悪くなる。

「……やった、のか」

 パラパラと塵が降って来る中で、誰かがそう呟いた。
 隊長は厳しい顔をしたまま視線を逸らさない。
 少しずつ風によって視界が晴れていく。
 土煙が収まった後に姿を現したのは、一体の黒い巨人。
 すらりとした四肢、胸から腰へとかけて艶めかしい曲線を描く、まるで酒場で男どもを夢中にさせる、踊り子のような体をしている。それでいて顔には、耳も目も鼻も口も何もない。身体を構成するすべてがツルンとしており、表面が鈍い光沢を放っていた。

「アレが奴の正体か。まるで服屋の軒先にある飾り人形みたいだな」
「そのわりには随分とデカくないですかい?」
「体はオレ好みだな。とくに腰のくびれが素晴らしい」
「いやいや、さすがにあのサイズはないわー」
「どちらかというと、色白の方が好みなんだかなぁ」
「なんだか性格がキツそう……、僕はちょっと遠慮したいですね」

 思わず口にした隊長の言葉に隊員たちが軽口で応える。だが誰も巨人から一瞬たりとも視線を外してはいない。口調とは裏腹に緊張感が全身を走っている。
 その時、巨人の首がぐりんと動き、隊員たちのいる方を向いた。
 何もないはずの顔が確かにこちらを見ている。そう感じた瞬間、隊長は指示を発す。

「散開っ! これより迎撃戦に入る。だが迂闊に近寄るなよ。アレを喰らっても平気なお嬢さんだ。まともにダンスなんて踊ろうとするな! まず遠当てにて様子を見るぞ」

 号令一下、即座に行動に移る隊員たち。
 辺境にて、日夜モンスターや賊どもと戦い続ける彼らに、弱卒はいない。
 総勢三十二名による闘いがここに始まった。

 四人ずつ、八組に分かれた集団が巨人を囲むかのように移動する。
 その内の二組が目標に向かって魔法を放つ。
 火は先の罠にて試して効果が薄いと判断した彼らは、水属性と風属性の攻撃を選択。圧縮された水の弾と風の矢が勢いよく飛んでいく。
 彼らはあくまで騎士なので、魔法使いどものような威力も派手さもない。ひたすら実戦を繰り返すことで磨かれた魔力操作による精密射撃にて、急所を的確に貫くのみ。
 とりあえず狙うは、ほとんどの生物の弱点である頭部。攻撃はあやまたず直撃する。
 だが効かない! 
 続いて他の組も魔法を放つ。そちらは土属性に雷を絡めたモノや氷の礫。すべてが女型の体にぶち当る。だというのにまるで効いていない。それどころか当る直前に、魔法がかき消されたかのように見えた。

「効いてねぇ、か……、どうやら魔法耐性が異様に高いみたいだな。まったく勘弁してくれよ」

 魔法による遠距離攻撃が無効、つまり物理攻撃主体での戦闘を強いられることになる。
 相手は巨人だ。ちょっと手足が掠っただけで、ちっぽけな人間なんて軽く吹き飛び、ひしゃげてしまう。
 命の危険性が格段に増したことに、隊長は溜息をついた。
 ついに巨人が動きだす。手近な組に無防備に近づいたかと思うと、そのまま拳を振り下ろす。狭い範囲ながらも、一撃の下に大地が隆起し、ひび割れた。これを小集団は四方に散って躱す。その内の一人が逃げる際に、巨人の踵へ一刀を振るうも、ほんの爪の先ほどがわずかに欠けたばかりで、返ってきた固い感触に逆に唸らされるハメになった。

「隊長ー、お嬢さん、むちゃくちゃ固いっす」

 最初の一撃を入れた隊員が、巨人より距離をとりながら声を張り上げる。
 ならばと、今度は隙をみて走り寄った魔法剣を持つ隊員が攻撃を仕掛けた。
 風を纏い剣速と切れ味が増す自慢の愛刀。これまで狩ってきたモンスターの首は数知れず。そいつを気合一閃にて放つ。
 次の瞬間、いつもならば容易く振り抜けるはずの剣が勢いよく弾き返された。

「うおっ! 効果が働いて、ない?」

 驚いている彼に横薙ぎの裏拳が迫る。慌てて地面に這いつくばる格好をとった。そのすぐ上を轟音が抜けて行く。危うく難を逃れたところに、援護射撃を受け、その隙に巨人の間合いの外へと離脱する。

「大丈夫か?」間一髪で逃げてきた隊員に隊長が声をかける。
「ええ、なんとか。まさか魔法剣の効果まで駄目だとは……」
「見ているかぎり、どうやらアイツは魔法耐性が強いというよりも、魔法そのものを無効化しているみたいだな」
「ふつうその手の性質のモンスターってのは、紙装甲なのが通説なんですがねぇ」

 何かに特化すれば何かが犠牲になる。力を選べば速さが、魔力を選べば肉体が弱くなるという風に。バランスのいい能力は、器用貧乏になり決定打に欠ける。それではこの厳しい世界では生き残るのが難しい。ゆえに一部の存在を除いて、総じてモンスターらには、それなりに弱点も存在している。そこを知識にて効率良く突くことで、人間たちは厳しい生存競争を勝ち抜いてきたのだ。だというのに件の女型の巨人には、それが見当たらない。

「昔に殺った甲羅を背負ったのを覚えているか?」
「あー、そんな奴もいましたねぇ。そういえばアイツも大概、魔法が効きませんでしたな。あんときは確か、切ったはったでは埒が明かないんで、最終的に穴に叩き落としてから、水責めにしたんでしたっけ」
「アレに同じ方法が通用すると思うか?」

 隊長と隊員が二人して、他の連中を追いかけまわしている巨人を見た。

「たぶん無理ですな。なにせあのお嬢さんには鼻も口もありゃしない。息が出来なくなっても関係ないでしょうよ」
「オレもそう思う。さて、どうしたものやら……」
「まぁ、あの分ならば時間稼ぎはなんとかなりそうですから、隊長はじっくりと作戦を練って下さい」

 そう言って魔法剣を持った隊員が戦列へと戻っていく。
 後に残された隊長は指揮をとりつつ思案を重ねるも、いい案がなかなか出てこない。暴れる巨人を前に、みな余裕ぶってはいるが、実際はかなり危ない橋を渡っている。ほんの少し足を滑らせるだけで、ほんの少し反応が遅れるだけで、即あの世行き。絶えず命の危険に晒された状態での闘い。その消耗は激しい。
 じきに均衡は崩れる。
 ジリジリとした焦燥感に、隊長は焦りを覚えていた。

「……どうにも嫌な予感がしやがる。特に女ってのが信用がならねぇ。見た目に騙されるとエライ目に合うからな」

 勘、もしくは危険を察知する本能とでも言おうか。
 隊長のそんな能力のおかげで、彼と彼の部隊はこれまで多くの難を逃れてきた。
 それがどうにも騒ぐ。
 そして彼の心配は、まもなく的中してしまうことになる。


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