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92 お母さん
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王国の動向に目を光らせつつ、久しぶりに魔王城中央塔の最上階の自室にて、のんべんだらりと過ごしていると、不意にリースさんが、こんな事を訊ねてこられました。
「花蓮さまのお母さまって、どのような方だったのですか?」
実はずっと気になっていたそうです。
そういえば初見時に、「死んだお母さんみたい」って、嘘をついて甘えた前科がありましたね。たんに魅惑の腰に抱きつきたかっただけだとは、絶対に口に出来ません。だからここは素直に答えておきましょう。
「母ですか……、そうですね。一言でいえば『いい人』ですかね」
そう。私のお母さん、沢良宜花奈(さわらぎかな)という人は、面倒見がよくて、とってもいい人。
弱きを助け、強気を挫いて、バキバキにへし折り、地獄の底に叩き落す。
とにかく困っている人を放っておけない方でした。
元カノに付きまとっては、迷惑をかけるゲス男をぶちのめす。
元妻に付きまとっては、金をたかるダメ男をぶちのめす。
無垢な乙女を泣かせる痴漢男をぶちのめす。
気持ちの悪いストーカー男をぶちのめす。
立場を悪用してセクハラを働く男上司をぶちのめす。
地上げのために老婆に群がるクソどもをぶちのめす。
事件現場を目撃されたと少女をつけ狙う輩をぶちのめす。
阿漕な金利で債務者を喰いモノにするヤクザどもをぶちのめす。
開発といって町ぐるみに立ち退きを迫る悪党どもをぶちのめす。
抗争だとかいって周囲に迷惑をかける野郎どもをぶちのめす。
あれ? 改めて思い返してみると、なんだか、ぶちのめしてばかりのような……。
「なるほど、花蓮さまのお母さまは、随分と豪快な方であったのですね。さすがです」
うんうんと頷くリースさん。
いやいや、ちょっと待って! もっといろいろと、いい想い出話があるから。えーと、えーと……、そう! あれは確か!
あれは確か、私がまだ小さかった頃……。
謎の組織に追われて反撃の機会を狙い、雌伏の時を過ごしていたときのこと。
空腹にあえぐ私のために、一枚しかないクッキーを「食べなさい」と母は差し出してくれました。しかしお腹が空いていたのは母も同じこと。だから二人で仲良く半分こしたのです。でも、それを食べようとしたときに、ドンと私にぶつかる地元の不良ども。わざと小さな子供に意地悪をしたんです。手の中から零れ落ちてアスファルトの上で粉々になったクッキー、それを見てニヤニヤと笑う悪ガキども。
そして母がキレました。ガキどもを路地裏に連れ込んで、ボッコボコにしていましたね。
パンツまでもはぎ取って、全部、冬の川に投げ捨てていました。
でも財布の中身だけは抜き取って、ちゃんと募金箱に入れてましたよ。
……すみません。どうやらリースさんの言う通りみたいです。
おかしいですね。バイオレンス満載のエピソードばかりだというのに、不思議と私の中では、そんなイメージがまるでないのです。
はて? と小首を傾げて熟考することしばし、ようやくその理由に思い至りました。
ああ、そうです。母はただの一度たりとも私に手を上げたことがなかったのです。
しかるときも、諭すときも、いっつも頭を優しく撫でるだけ。
そして悲しいときには、ちょっと寂し気な笑顔を見せるのです。ただそれだけで幼い私の胸はキューと締め付けられて、大好きなお母さんに、そんな顔をさせてしまった自分を酷く悔やんだものです。
そんな話しをしていると、そっとリースさんに抱きしめられました。
それで気が付いたのですが、どうやらいつの間にか、私は泣いていたようです。思い起こせば母が交通事故で亡くなってからは、怒涛の展開続きで、おちおち泣いている暇もありませんでした。ここにきてそのツケがきたようです。
リースさんに優しく抱擁されて「好きなだけお泣きなさい」と言われて、心の堤防が大決壊です。私はわんわんと声を上げて泣きました。
ようやく私は大好きなお母さんのために泣けたのです。
「花蓮さまのお母さまって、どのような方だったのですか?」
実はずっと気になっていたそうです。
そういえば初見時に、「死んだお母さんみたい」って、嘘をついて甘えた前科がありましたね。たんに魅惑の腰に抱きつきたかっただけだとは、絶対に口に出来ません。だからここは素直に答えておきましょう。
「母ですか……、そうですね。一言でいえば『いい人』ですかね」
そう。私のお母さん、沢良宜花奈(さわらぎかな)という人は、面倒見がよくて、とってもいい人。
弱きを助け、強気を挫いて、バキバキにへし折り、地獄の底に叩き落す。
とにかく困っている人を放っておけない方でした。
元カノに付きまとっては、迷惑をかけるゲス男をぶちのめす。
元妻に付きまとっては、金をたかるダメ男をぶちのめす。
無垢な乙女を泣かせる痴漢男をぶちのめす。
気持ちの悪いストーカー男をぶちのめす。
立場を悪用してセクハラを働く男上司をぶちのめす。
地上げのために老婆に群がるクソどもをぶちのめす。
事件現場を目撃されたと少女をつけ狙う輩をぶちのめす。
阿漕な金利で債務者を喰いモノにするヤクザどもをぶちのめす。
開発といって町ぐるみに立ち退きを迫る悪党どもをぶちのめす。
抗争だとかいって周囲に迷惑をかける野郎どもをぶちのめす。
あれ? 改めて思い返してみると、なんだか、ぶちのめしてばかりのような……。
「なるほど、花蓮さまのお母さまは、随分と豪快な方であったのですね。さすがです」
うんうんと頷くリースさん。
いやいや、ちょっと待って! もっといろいろと、いい想い出話があるから。えーと、えーと……、そう! あれは確か!
あれは確か、私がまだ小さかった頃……。
謎の組織に追われて反撃の機会を狙い、雌伏の時を過ごしていたときのこと。
空腹にあえぐ私のために、一枚しかないクッキーを「食べなさい」と母は差し出してくれました。しかしお腹が空いていたのは母も同じこと。だから二人で仲良く半分こしたのです。でも、それを食べようとしたときに、ドンと私にぶつかる地元の不良ども。わざと小さな子供に意地悪をしたんです。手の中から零れ落ちてアスファルトの上で粉々になったクッキー、それを見てニヤニヤと笑う悪ガキども。
そして母がキレました。ガキどもを路地裏に連れ込んで、ボッコボコにしていましたね。
パンツまでもはぎ取って、全部、冬の川に投げ捨てていました。
でも財布の中身だけは抜き取って、ちゃんと募金箱に入れてましたよ。
……すみません。どうやらリースさんの言う通りみたいです。
おかしいですね。バイオレンス満載のエピソードばかりだというのに、不思議と私の中では、そんなイメージがまるでないのです。
はて? と小首を傾げて熟考することしばし、ようやくその理由に思い至りました。
ああ、そうです。母はただの一度たりとも私に手を上げたことがなかったのです。
しかるときも、諭すときも、いっつも頭を優しく撫でるだけ。
そして悲しいときには、ちょっと寂し気な笑顔を見せるのです。ただそれだけで幼い私の胸はキューと締め付けられて、大好きなお母さんに、そんな顔をさせてしまった自分を酷く悔やんだものです。
そんな話しをしていると、そっとリースさんに抱きしめられました。
それで気が付いたのですが、どうやらいつの間にか、私は泣いていたようです。思い起こせば母が交通事故で亡くなってからは、怒涛の展開続きで、おちおち泣いている暇もありませんでした。ここにきてそのツケがきたようです。
リースさんに優しく抱擁されて「好きなだけお泣きなさい」と言われて、心の堤防が大決壊です。私はわんわんと声を上げて泣きました。
ようやく私は大好きなお母さんのために泣けたのです。
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