下出部町内漫遊記

月芝

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094 三冊目・青のスーラ

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 気がついたらそこにいた。
 月が紅く、ドラゴンが空を飛び、モンスターが闊歩する、剣と魔法のファンタジー世界。
 挙句に体がえらいことになっていた!
 わけも分からないまま、懸命に生き抜こうとするおっさん。
 前世の記憶や経験がほとんど役に立たない状況下で、とりあえず頑張ります。

 これが本の裏表紙に記載されていた『青のスーラ』のあらすじである。
 うん、ざっくりしすぎ。これだけ読んでもさっぱり中身がわからない。
 だからとて始めからじっくり読んでいては、あまりにも時間がかかり過ぎる。

「ねえ、フミカさんはこの本を読んだことあるの? もしも読んだことがあるんだったら、そのぉ……」

 あわよくば内容をご教授願えないか。
 とのわたしの思惑は「あら、ダメよ。さすがにそこまではサービスできないわ」とやんわり断られてしまった。
 ですよね~。
 というわけで、しょうがないのでわたしたちは額をつき合わせては、一冊の本をみんなでのぞき込み、自力での解読を試みることになったんだけど……

 物語の序盤は、転生直後でまだ名も無きスーラだった頃のお話にて。
 ドラゴンみたいなのが徘徊している物騒な森の奥で、ぽつんとひとりきり。
 信じられないことに、そんな場所でムーさんは石の上に三年もじっとしていた。
 好きでそうしていたわけじゃない。動きたくても動けなかったのだ。その理由は体の使い方がさっぱりわからないから。
 そりゃそうだ。人間だったのに、いきなりゼリーの塊みたいなのになっちゃったら、誰だって混乱する。そしてヒトはヒトであるがゆえに、それ以外の体の使い方なんて知らない。

 サカナは空の飛び方なんて知らないし、トリだって海の泳ぎ方とか無縁にて。
 せめてサルとか似たような形態ならばともかく。
 そして丁寧に教えてくれる者もおらず、ただ孤独と戦いながらムーさんは己と向き合うばかりの日々を過ごすハメとなった。
 異世界に転生したぜ、ひゃっほう!
 とはほど遠い。同系統のファンタジーとしてはとても地味な出だしである。

「う~ん、人外転生ってたいへんそう。わたしなら絶対にムリ」

 それがここまで読んだわたしの感想である。
 しかし物語はムーさんが己の肉体を自在に操れるようにあるのにしたがって、加速度的に動いていく。
 森の奥での熾烈な生存競争のかたわら、ひたすら精進を重ねて魔法などもマスターし、ついには序盤に立ちはだかる最大の壁であった強敵にも勝利するに至った。
 そこでムーさんは森を出る決意をする。
 こうして彼は己を知るための旅を始めた。

 旅の過程で、自分がスーラという生き物であり、そのスーラが世間からどのように見られているのかを知り、ちょっとショックを受けたりしながらも、持ち前のド根性で乗り越えては彼の旅路は続く。
 そして彼はひとりの少女と出会った……

 そのシーンを読んだ瞬間に、わたしは「あっ、きっとコレだ!」とおもった。
 ムーさんが思い出したい、取り戻したい大切な人の名前。
 理屈ではない。直感が働く。根拠なんてないけれども、それでも確信がある、自信がある。
 わたしはあまり本を読まない。もっぱらマンガ専門だ。そんなわたしでもビビっときたぐらいだから、一枝さん、ジンさん、カクさんらはもすぐにピンときたらしく、いっしょに本を読んでいたわたしたちは互いに目配せし、小さくうなづいた。

 その直感は正しかった。
 さらに読み進めるうちに判明したのは、この少女こそがムーという名付け親にて、その後の彼の行動や考えに多大な影響を及ぼした人物であるということ。
 以降、物語の中盤までムーさんは少女と行動を共にする。
 なのだけれども……

「あーっ、ここもまた塗りつぶされているー!」
「くっ、こっちもだ」
「おや、これはシールかテープでも貼ってから剥がしたあとか」
「う~ん、ムダに手が込んでいる。病的なまでに執拗だね。あたいはなんかおっかないよ」

 肝心の少女の名前の箇所だけが、ずっとこんな調子にて。
 これでは知りたい情報が得られない!
 ぐぬぬ。


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