ただいまクマの着ぐるみ警報、発令中!

月芝

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003 乙女たちの事情

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 生徒の姿があらかたいなくなり、閑散としている放課後の校舎内。
 窓から差し込む西陽で橙色に染まる廊下には、どこかアンニュイな空気が漂う。
 そんな校舎の昇降口に通じている中央階段にて。
 グラウンドの方からときおり聞こえてくる部活動の声を聞き流しつつ……

「ちくしょう、合田の野郎め。たった五分遅刻しただけなのに」
「まぁまぁ、マキちゃん。旧校舎のトイレ掃除じゃなかっただけ今回はマシだって」
「……うん、あれはもはや苦行」

 真姫、紫電、陽子ら三人娘はそろって遅刻をし、担任の合田先生より「またか、お前たち! 次やったらマジで夏休みに、教室サウナで補講を受けさせるからな」と叱られ、罰として階段掃除を命じられた。

 三人娘はぶつぶつ文句を言いながらも、いちおう掃除はちゃんとする。
 各々の家で客商売をしているせいか、その手伝いを幼い頃からやっているので掃除そのものに抵抗はあまりない。
 あるとしたらタダ働きという点だろう。
 せっせと手を動かしがてら、三人が話題にしたのは、酒太郎の敗北の一件だ。

「ねえねえ聞いた?」
「聞いた聞いた」
「……まさかあの筋肉ゴリラが投げ飛ばされるなんて、ぷぷぷ」

 少し酒が入って酔いが回っていたとはいえ、仮にも四天王である。
 酒太郎はその豪腕により、地元の祭りで開かれる相撲大会・成人の部では負け知らず。
 祭りの喧騒に浮かれて「おうおうおう」と突っかかってきたヤンキーどもを、まとめて「つっぱり、つっぱり」嬉々としてぶちのめすような、洒落の利いた大人げのないおっさんだ。
 それがクマの着ぐるみの変態ごときに不覚をとったというのが、真姫たちにはいまいち信じられない。

「だったらあとで酒屋の方に寄ってみない? ひやかし……げふんげふん、じゃなくって、いちおうお見舞いってことで」
「そうね。学校の花壇から適当に花を摘んで持って行ってあげましょう。
 いや、ちょっとまてよ。それならばいちいち摘まなくても、教室に飾ってある花瓶から拝借したほうがてっとり早いか」
「……だったらうちは、クマの絵本でも差し入れてあげようかしらん」

 無様な負け犬にかける情けはない。
 ここぞとばかりに傷口に塩を塗り、おちょくる気まんまんの三人娘。
 ひとしきり盛り上がったところで、真姫が急に真面目な顔をして提案する。

「でさぁ、ここはいっちょうあたいたちでクマ退治としゃれこまない? いい加減、あたいもうんざりしているんだよねえ」

 クマの着ぐるみ警報のせいで、商店街全体の景気が落ち込んでいる。
 そのせいで家業の精肉店の売上も、ぼちぼち下がっている。
 とくに被害が大きい部門がコロッケやメンチカツなどの惣菜部門だ。
 夕飯前のお腹が空いている時間帯が一番品物が出るというのに、そのタイミングで客足が遠のくものだから、せっかく母がこしらえたコロッケなどが売れ残りまくり。
 さりとて食べ物を廃棄するなんていうもったいないことはできない。
 結果として、野火家の食卓へと回されることになるのだけれども。

「朝もコロッケ、昼もコロッケ、夜もコロッケ……
 コロッケ! コロッケ! コロッケ!
 いや、お母さんの手作りコロッケは美味しいんだよ。揚げたてにかぶりついたり、ウスターソースでひたひた染み染みにしたら最高!
 でもね……いくら美味しくても、こうも続くとさすがにつらい。
 コロッケが夢にまで大群で出てくるんだ。
 せめてメンチカツやトンカツを間に挟んでちょうだいって頼んだんだけど、そっちは原価が高いからダメだってさ」

 真姫の母親は頑なであった。
 悪夢のコロッケ地獄から抜け出すには、元凶をどうにかするのが一番手っ取り早い。

「そうね。じつは私のところもジワジワとシワ寄せがきているせいで、お父さんがピリピリしちゃって、家の中の空気がちょっとねえ」

 稲生紫電の家は町の電器屋さんを営んでいる。
 こちらは精肉店とは逆にクマ公のせいで客足が増えている。
 なぜなら家電の修理依頼が、ここのところ増えているから。
 ではどうして変態が出没して、家電の修理が増えるのかといえば、単純に住人らが家にいる時間が増えたからだ。

 みな早めに帰宅しては、家に閉じこもる。
 でも内心ではイライラ。
 ストレスを抱えているせいで、つい物に当たりがちとなる。
 実際に八つ当たりをして壊すケースこそは稀だけど、扱いが乱雑になりがちで、それが故障を誘発するのだ。
 でもって、ひとつ壊れるとなぜだかふたつ、みっつと続く家電不調ドミノが発生・別名家庭内グレムリン現象が勃発するからやっかいだ。

 さりとて家電メーカーに修理を頼めば、時間も金も半端なくかかってしまう。
 そこで重宝がられているのが町の電器屋さんという次第。
 とくに紫電の父親は大の家電マニアにて、なんでもちょちょいと分解しては修理してしまうから、町の衆からとくに頼りにされている。
 その薫陶を受けて育った紫電もまたたいそうな腕前なのだけれども、父ひとり娘ひとりの家庭では、扱える仕事の量にも限りがある。業務はすでにパンク寸前にまで追い込まれていた。

「……うちの場合はもっと深刻かも」

 とは日影陽子。
 オカッパ娘の家は古本屋を営んでいる。
 マンガから小説にエロ雑誌まで幅広く扱っており、店内にあるピンクのれんの奥・十八禁コーナーは、近所にすむ小中学生男子らがドキドキしてしょうがない、憧れの聖地として崇められているとかいないとか。

 古書と変態。
 これまたまったく関係なさそうにみえて、じつはけっこう影響を受けている。
 まず仕事や学校帰りの客が店に寄り付かなくなった。
 会社や学校などから解放される夕方から宵闇にかけての時間帯は、すっかり気も緩むせいか、財布の紐もゆるゆるになりがち。

 フィーバー衝動買いタイムにて、不要不急の品ではない古本なんかにも、つい手がのびるというもの。
 う~ん積読! 積読!

 家での滞在時間が増えるので、読書タイムも増えるのかとおもえばさにあらず。
 ギスギス、家の中の雰囲気が悪いものだから、おちおち読書を楽しめやしない。
 それからこれは余談だが、昨今の「時短だの」「ライフハック」などの賢しらなブームを、陽子は敵だとおもっている。

 精肉店、電器屋、古本屋ともにクマの着ぐるみ警報の被害をこうむっている。
 商店街全体も迷惑している。
 町の衆も困っている。
 これを座して見過ごすのは、商店街のみんなのアイドル、看板娘の名折れであろう。

「悪・即・滅! 女の敵、商店街の敵、野獣死すべし」
「変態に人権はない。だから爆散させても問題なし」
「……ぷちっと潰す。穢れた遺伝子はいらない。すべては町の未来のために」

 三人は手を重ね、そろって「「「えいえいおー」」」
 声を合わせて気勢をあげ、さっそく今夜から行動を開始することにした。


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