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002 四天王最弱
しおりを挟むその凶報がもたらされたのは、三人娘たちが立て看板を仲良く蹴りまくった翌朝のことであった。
野火家の朝食の席にて――
商店街で祖父の代から精肉店を営んでいる野火家の朝ごはんは和食党である。
炊き立てホカホカの白米と具だくさんの味噌汁に納豆が欠かせない。
「ふん、パンなんぞスカスカしたもんで力が出るかい! 日本人ならば四の五の言わずに米を喰え! 米を! あと肉もじゃんじゃん喰えば、なお良し!」
というのが家訓みたいなものだ。
「くかぁ」
縊られたニワトリのごとき奇声。
真姫が乙女にあるまじき大欠伸をしながら、ぐにぐに納豆をかき混ぜていると、祖母が「そういやさっき太極拳の朝稽古中にちょいと小耳に挟んだんだけど、酒太郎が例のクマ公にやられちまったらしいよ」なんぞと言い出したものだから、驚きのあまりあやうく納豆の小鉢をポロリと落としかけた。
「うわわっと! ふへえ~、あやうく大惨事になるところだった……って、バアちゃんその話って本当なの?」
酒太郎とは春日丘商店街にある酒屋の店主のニックネームである。
本名は三芳太郎というのだけれども、実家が酒屋ゆえに子どもの頃から周囲より酒太郎との愛称で親しまれていた。
これがまたけっこうな大男にて。
加えて毎日、ビール瓶のコンテナなどの重たい荷の上げ下げをしているだけあって、屈強な肉体を持ち、腕が丸太のように太く、しかも柔道黒帯の猛者でもある。
そんな酒太郎だが、彼もまたご多分に漏れず。
他の商店街の野郎どもと同じく、スナック来夢のママさんである越前小百合という美魔女の色香にすっかり惑わされている。
青春プレイバックとばかりに、どいつもこいつもメロメロ、酔漢どもが懐メロソングなんぞを仲良くママとデュエットしている。
スナックと酒屋。
商売柄、密接な付き合いがあるので奥さんが黙認しているのをこれ幸いと、酒太郎は泣きボクロとEカップを標準装備した美魔女の店へ足繁く通っていたのだけれども、そこに発生したのが、例のクマの着ぐるみ騒動だ。
クマの着ぐるみ警報によって町には自粛ムードが蔓延し、客足がめっきり遠ざかってしまった。
商店街から一本路地を入ったところにある呑み屋界隈、大人たちの社交場はすっかり火が消えたかのよう。提灯の明かりはくすみ、暖簾も寂し気に夜風でひらひら揺れている。
この事態に小百合ママは「あらまあ」
美魔女は頬に手を添え、コテンと斜め四十五度に首を傾げては困り顔。
憂いを秘めた横顔は色気倍増にて破壊力抜群だ。
さらに「はぅ」と意味深な吐息を漏らしては「クマちゃんにも困ったものよねえ」なんぞとつぶやけば……
なんとかしてあげたいという、保護欲やら義侠心がたちまちムクムクかま首をもたげ、もはやしんぼうたまらん!
「だったらこの三芳太郎におまかせあれ! クマ公なんぞは俺がひとひねりにして、首根っこを掴んで交番に突き出してやりますよ。がっはははは」
とっても困っている小百合ママさん。
いいところを見せれば、あわよくば一夜の甘い泡沫の夢を……
なんぞと期待しては下心にて鼻の穴をぷくぷくさせながら、喜び勇んで挑んだ討伐戦。
だがしかし、結果はまさかの一本負け。
同行していた者の証言によれば、決まり手は山嵐であったという。
投げ飛ばすつもりが逆に投げられ、腰と背中をしたたかに地面に打ちつけられて、酒太郎はノックアウトされてしまったというから情けない。
ちなみに山嵐とは払い腰と浮き腰の中間のような動きにて、相手を体ごとすくいあげるようにして投げる技である。
かの柔道の祖である嘉納治五郎の直弟子である三船久蔵十段がもっとも得意としていた技だ。久蔵は身長160センチ程度と小柄なのにもかかわらず、山嵐にて自分よりもはるかに大きな相手をバッタバッタと投げ倒していたという。
技をかけるタイミングが難しく、体さばきの極致ともいわれる山嵐。
それを実戦でゴリラみたいな相手に決めたクマ公を「あっぱれ!」と褒めるべきか、女の色香に惑わされて不覚をとった酒太郎を「情けないったらありゃしない」と嘆くべきかは、判断に迷うところだ。
けれども『酒太郎、敗れる』の報により商店街に激震が走ったことだけは確かにて。
なぜなら彼は四天王の一角であるからだ。
三芳酒店の店主・豪腕の三芳太郎。
タバコ屋の店主にして商店街の生き字引き婆・安藤那津。
漢方薬局の店主であり鯰ヒゲがトレードマークの在日二世・王雲。
元地回りの組頭にして現商店街の会長である宇梶鋼太郎。
地元の者たちは彼らを春日丘商店街・四天王と呼ぶ。
腕っぷしもさることながら、いくつもの年号をまたぎ、厳しい商いの世界でしのぎを削り、数々の荒波を乗り超えてきたのは伊達ではない。
彼らはつねづね、こう公言して憚らなない。
「はん? これからはキャッシュレスの時代? モバイル決済? ペイペイ? ふん、こちとらクレジットカードもお断りの、にこにこ現金払いが信条だ!
いまどき不便だと? そんなこと知ったこっちゃねえ。
気に入らなければ他所に行きな」
などとお客相手に豪語する時代錯誤の猛者ども。
だがそれゆえに強く、タフだ。
雨が降ろうが、槍が降ろうが、雪が積もろうが、地震や台風が来て停電になろうが、断水しようが関係ない。
バブルの頃には押し寄せてきた地上げ屋どもを逆に締めあげて、店に突っ込ませようとしたダンプを奪って、相手の事務所に突っ込ませたあげくに、シューっとガスが漏れているところに火のついたタバコを投げ込んで、ドカンとやっちゃったこともあるとかないとか。
いまの時代ならば確実にアウトな武勇伝の数々も、ひと昔前ならば笑って許されていたらしい。いやはや無理が通れば道理が引っ込むのだから、昭和は凄かった。
「やれやれだぜ。めんどくさい時代になっちまったもんだよ。長生きなんぞはするもんじゃないね。あと年金やっす、とんだ払い損じゃないか。あー個人事業主はつらいねえ」
那津婆なんぞはタバコをばかばかふかし、うそぶいているが、はたして真相やいかに?
おっと、いささか話が横道にそれてしまった。もとに戻そう。
えーと、まぁ、そんな四天王の一角が倒されてしまったのだ。
いかに酒太郎が四天王最弱とはいえ、これはゆゆしき事態である。
なぜなら保たれていた拮抗が崩れかねないから。
じつは町には目には見えないいろんな力学が働いており、繊細なパワーバランスによって商店街やご町内の平穏は守られているのだ。
侵してはならない、踏み込んではいけない領分がある。
いわゆる暗黙のルールというやつ。
押さえが利かなくなれば、よからぬことを企む者がきっとあらわれる。
「そうか……酒太郎のおっさんが負けたのか。これはいよいよ世代交代……私たちの出番かもしれないわね」
新時代がはじまる予感をひしひしと感じる。
真姫が熱々のご飯に納豆をかけながら、にやにやと不敵な笑みを浮かべていると、お母さんに「世代交代もけっこうだけどね。あんた、あんまりのんびりしていたらまた学校に遅刻するわよ」と言われた。
柱時計の針がすでに八時五分前を示していたもので、「あっ」
真姫はあわててガツガツ、納豆ご飯をかきこむ。
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