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72 東のデュカと西のフェルナ
しおりを挟む立派なたてがみが草原の風にゆれてたなびく。
長い首から背、腰へと艶のある肌の斜面がつづき、おしりにたどりついたとたんに、こんもりと盛りあがった山が姿をあらわす。これはよく発達したお尻の筋肉。そこから大地へとのびる後ろ足のなんとたくましいことか。
くっきり割れた胸筋からつらなる前足もまた同様。膝から下がより黒さをまし、ひづめの部分が黒く固い鉱石のよう。
地を駆けるために産まれ、だれよりも速く走るために、己の肉体を練りあげた黒い生き物。
それは断じて不気味な闇の色ではない、高貴なる黒。
鋭い眼光を放つは金の瞳。
そこにあふれるのは圧倒的自信。
王者の風格にて東の群れ、デュカ族を率いていたのはダイアス。族長の一人息子にして跡取りの大きな黒馬。
そんなダイアスの視線から一切、目をそらさず、茶色の瞳にてにらみかえしていたのは、南の群れ、フェルナ族を率いているシルビア。
厳しい冬が終わり、春が訪れ、初夏を迎えてさえなお、山に残る万年雪のようなチカラ強き白さを持った牝馬。
気高く雄々しい、偉大な族長であった父が病に倒れたので、族長代理をしている娘。
才能の片鱗(へんりん)は間違いなく彼女にも受け継がれている。だがまだそれは、花に例えるならば、つぼみ。すでに大輪の花を咲かせているダイアスと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
そのせいもあってか、フェルナ族ではしばらくは彼女の成長を見守りささえようとする一派と、すぐに頼りになるムコをあてがうべきだと主張する一派とで、少しぎくしゃくしていました。
本日の集まりはデュカ族からの申し出により、開かれた会合。
「おくすることなくやってきたか、シルビアどの……。だがよほど恐ろしかったと見える。そのような奇妙な色のオオカミを連れてくるぐらいだからな」
抑揚のない低い声にて、そうつぶやいたダイアス。
これを耳にした周囲から、バカにするかのような笑いが起こるも、それは彼のひとにらみにて、すぐに静まりました。
「何を言うか! ダイアス。われらはオオカミなんぞに頼るほど、おちぶれてはおらぬ。そちらこそ姑息にも、その者を用意したのではないのか? 風の草原に住む者のくせに、あさましくも牙にて私の首を狙ったか?」
風の草原では大地を駆ける速さこそが信条。言いたいことがあれば、通したいことがあれば、まずは己の足で示す。外敵相手ならばともかく、こと住人同士において直接的な暴力にうったえることは、もっとも恥ずべきことの一つ。
シルビアの発言に、いきり立つデュカ族。
負けじとフェルナ族の方もいきり立ち、ますます険悪さがましてしまった会合の場。
これに困ったのは水色オオカミのルク。知らないうちに自分が騒動の種になっていたのですから。
「あのう」
おそるおそる声をあげたルク。
するとピクリとすべてのウマたちの耳が動いて、一斉に彼の方に顔を向けました。ウマはとても音に敏感な動物なのです。
「ボクは水色オオカミのルク。旅の途中でここに立ち寄っただけだから、ダイアスさんともシルビアさんとも関係ないよ」
ルクの言葉を聞いた面々。
しばしの沈黙の後に、両陣営のあちらこちらから飛んできたのは「そんなこと信じられるか!」「ダマされないぞ!」「そうやって近づいて、首に牙をたてるつもりなんだ!」といった激しい野次。
どうやら誤解をとこうとして、かえって火に油をそそいでしまったようです。
再び、騒ぎが大きくなっていき、そろそろほんとうに危ないかも、という時。
フェルナ族の後方から姿を現したのは、すっかり肌の色艶を失い、筋肉も細くなっている一頭の老馬。名をセルジオという。
老いてなお、かくしゃくとした足取りにて、ルクのところへと近寄っていく。
その姿を見とがめたダイアス、「みな、静まれ」と号令を発し、あまりの迫力にデュカ族だけでなくフェルナ族までもが、とたんに口をつぐみました。
みんなが見守る中、ルクの前までやってきた老馬。
「その冬の晴れた空のような青い毛色……、空の色を持つ者。言い伝えのとおりだ、まちがない。あなたさまは天の御使いなのですね?」
「うん。ボクは、いまは御使いの勇者として、地の国を旅しているところなんだ」
「おぉ、おぉ、なんという僥倖(ぎょうこう)か」
そう言って老馬はオイオイと泣きだしました。
突然、涙をながす彼におどろいたシルビアとダイアス、どうしたのかと声をかけます。
「じいや、急に泣きだしたりして、その青いオオカミが何かしたのかい」
「セルジオじいさん、フェルナ族でいちばんの知恵者と名高いあなたは、その者について何か知っているのか」
うれし涙を流しながらセルジオさんが、水色オオカミについて自分が知っていることを語ります。
大地に恵みをもたらすエライ方だという話を聞いたウマたちは、さきほどまでとはうってかわって、おわびの言葉を口にし、自分たちの早とちりを恥じて、頭をさげました。
いささか興奮しやすいものの、自身のあやまちは素直に認めて、あやまれる。
なんとも一本気で竹を割ったような性格のウマたち。
みんなからこぞって、あやまられて、かえってルクの方が困惑するほどです。
もちろんそんな二つの部族を率いているダイアスとシルビアも、すすんでルクに先の無礼の謝罪をしました。
「どうやら巻き込んでしまったようだな、申し訳ない。だが、ちょうどいい。天の御使いである水色オオカミならば、見届け役としては申し分あるまい」
そう言ったダイアス、シルビアをまっすぐに見据えると声を張り上げました。
「デュカ族はフェルナ族に風の儀を申し込む」
ダイアスの発言に騒然となる一同。
はたして風の儀とは? そしてどちらにしろ騒動に巻き込まれることになったルク。はてさて、どうなることやら。
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