10 / 39
010 南の島のチヨコ
しおりを挟む白い砂浜にほど近いところにある木陰。
木々の合間に吊り下げられた麻布は、肌触りがよく風通しもいい。
両端がしっかり固定されてあるので、ちょっとぐらい上ではしゃいでも大丈夫。
これに仰向けとなって寝っ転がる。
ヤシの実の果汁を飲みつつ、ヤシの葉に包んで蒸しあげたイモモチを食す。
フム。もっちもちの食感と上品な甘さがすばらしい。モグモグ。
味に飽きたら南国の果物類に手をのばす。
色や模様が毒々しいので、食べるのにちょっと勇気がいるけれども、味が濃厚で甘いものが多く、これまた美味。
ほどよく腹が満たされたところで、白浜と青い海に目を細め、寄せては返す波の音に耳をかたむけながら、おだやかな潮風を頬に受けまったり過ごす。
勢いだけで南海へと飛び出したものの、大自然の逆襲にあってフラフラになっていたところを、たまさか近くを通りかかったヨスさんに助けられた、わたしことチヨコ。
日頃の行いのおかげか幸運は重なる。
なんと、探し人のホランまでもがヨスさんの所属している海の民の集団にお世話になっていることが判明。
かくして再会をはたしたのだが、肝心のホランが記憶喪失中。「おまえ誰だ?」状態。
お話にならないから、とりあえず一発ぶん殴っておこうとしたんだけれども、それはヨスさんらに止められた。
そんな出来事があったのは、早や三日も前のこと。
わたしの現状はご覧の通り。
客分という立場に甘んじて、おおいに羽をのばし、南の海を満喫している。
あぁ、太陽がまぶしい。
で、ホランの方はみんなの仕事を手伝いつつも、絶賛お悩み中である。
彼の事情はこうである。
◇
再会直後にすったもんだでひと悶着。
冷静さをとり戻したわたしがヨスさんから紹介されたのは、この集団を率いるヨンドクという角刈りのおっさん。
彼こそが漂流していたホランを助けた人物にて、ネクタルという黒髪の乙女の父親でもある。素潜り漁の名人でもあり、びっくりするぐらい深く長いこと水中に潜っていられるんだってさ。
挨拶とお礼を述べてから、わたしはホランの身元について言及。
とはいっても影矛であることは秘密。だから、あくまで神聖ユモ国の軍人ということにしておく。
自分についてはホランの縁者であり、剣の母関連の情報は伏せつつ、特殊な魔道具を華麗に操る魔女っ娘と誤魔化しておいた。
ヨンドクのおっさんからはめちゃくちゃジト目を向けられたが、素知らぬふりして乗り切る。夏の海は女を大胆にするのだ。言ったもん勝ち。
で、とりあえずわたしのことは脇へとよせておき、問題となったのがホランのあつかいについて。
すでに周知のとおり、ホランはヨンドクの娘ネクタルといい仲になっている。
ホランは好青年だし、もしも当人さえよければ、娘婿としてこのまま海の民に迎え入れてもいいとさえヨンドクは考えていたそうな。
そこにあらわれたのがわたしである。
これによってホランには選択肢が発生した。
頭をぶん殴られて記憶をとり戻し、本来の自分の居場所へと帰るのか。
このままネクタルと第二の人生を歩むのか。
わたしとしては安否確認さえできたら、それで満足。ぶっちゃけホランが好きなようにしたらいいとすら考えている。
だって皇(スメラギ)さまの影として生きる道は、やりがいはあるものの、つねに命の危険と隣り合わせなんだもの。
いっそのこと何もかも忘れたままで、好きな女性と生きていくほうが、よっぽど健全な人生であろう。
とはいえ記憶を失ったままというのは、かなり心細いらしい。
「なにやら胸のあたりにぽっかりと穴があいたような状態で、落ち着かず、絶えず不安がつきまとう」とはホランの言葉。
ならば記憶をとり戻したうえで、黒髪の乙女と人生を謳歌すればいいだけのこと。
とはいえ、ことは頭の中の問題。どう転ぶのかはちょっとわかんない。
そもそもの話、本当にぶん殴ったら元に戻るのか?
記憶喪失の間のことはどうなるの?
ネクタルのことを忘れてしまうなんていう、最低最悪な結果も無きにしもあらず。
益と不利益を秤にかけて、どうしたものかとホラン青年はとっても迷っている。
ホランの選択を見守るネクタルもとっても物憂げ。
ネクタルと仲がよく姉妹のような間柄のヨスさんも、そわそわ落ちつかない。
どうなることかと二人の恋路を見守る仲間たちも、ザワついている。
とてもムズカシイ問題につき、じっくりと考えさせてあげたい。
けれどもそれを許さないのが、集団をとり巻く事情。
いまの南海の情勢はかなりきな臭い。
海賊どもが我が物顔で横行し、ただでさえ不穏であったのに、これに輪をかけたのが黒鬼と呼ばれるナゾの鉄の船の出現。
取り締まる側の神聖ユモ国の海軍は萎縮してしまい、海賊の方はすっかり息を吹き返してしまった。
国に所属せず、その庇護下にない海の民にとっては危険極まりない状況。
だから近々にこの海域を離れることが決まっていたのだ。
海の民として自分たちといっしょに来るのか。
それとも残り陸へと帰るのか。
いろんな選択を同時に迫られたホラン青年が悩むのもムリからぬこと。
けれども残された時間はあまりない。
「潮の流れや風の向きもあるので、待てるのは五日」
ヨンドクから与えられた猶予はそれだけ。
そして残るはあと二日。
はてしてホランはどうするのか。
まぁ、わたしは彼がいかなる道を選ぼうとも応援するだけなので、その時がくるのをまったり過ごして待つばかりである。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる