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016 目覚める影矛
しおりを挟む魔王のつるぎアンの空間転移にて、いきなり目の前に姿をあらわしたわたし。
これにたいそう驚いたのは、ヨスさんやホランをはじめとする島に残っていた海の民たち。
みんなは黒鬼にさらわれた仲間たちの奪還に失敗したとの報告に、がっくし。
それを踏まえたうえで、「敵の拠点は突き止めたから、再度救出に挑戦するので手を貸して」とわたしは頭を下げる。
この要請にざわつく一同。
仲間や家族はとり返したい。だが相手は海軍をも翻弄する凶悪な海賊たち。主だった男衆を欠いた状況で、はたしてどこまでやれるものか。
なんぞと議論が紛糾。
そんな中で、まっ先に「やる!」と手をあげたのは元気になったヨスさん。
「やられっ放しは性に合わない。なにより海を穢す連中に屈したとあっちゃあ、海の民の名がすたるってもんだよ」
ヨスさんに続いたのが、わたしに干物のイロハを教えてくれた恰幅のいいオバちゃん。
「よく言った! それでこそダゴンの女だ」
オバちゃんに背中をバシンと叩かれて、ヨスさんがおもわず「ゲホっ」とせき込んだものだから、一同がどっと笑う。重苦しい空気がたちまち消し飛ぶ。
かくしてみんなの意思が固まったところで、ひとり隅っこでずっと黙っていたホランが、真っ直ぐにわたしの目を見て言った。
「記憶を失ったままの自分では何の役にも立てない。だから頼む。たとえネクタルを忘れることになっても、それでもオレは彼女を……」
男は覚悟を決めた。
ならば女は黙ってこれにうなづくのみ。
◇
浜辺へと移動したわたしとホラン。
海を背にホランを立たせて、まずは水の才芽を加えたヤシの実の果汁を与える。
わたしの水の才芽は手ずから関わることで、水にいろんな効能を宿すことが可能。だから前もって「失われた記憶よ、蘇れ。ただし不義理は許さん。女を泣かせたらもげろ」と果汁にたっぷり念を込めておいた。
「ツツミ、おいでませい」
「おうっ!」
芝居がかったやりとりにて、帯革から飛び出した金づち。
ピカッと光って、たちまち巨大な蛇腹の破砕槌となる。
本来の姿となった大地のつるぎをかつぐ小娘を前にして、ホランが顔をひきつらせる。
「え? ちょ、ちょっと待て! まさかとはおもうが……」
「まさかも何も、たぶん想像通りだよ。だいじょうぶ、ちゃんと手加減するから」
治療とは名ばかりの乱暴な施術。
しかもよくよく考えたら、なんら医学的根拠はない。
打ちどころが悪くて記憶が飛んだのならば、ぶん殴ればどうにかなるんじゃないの? という適当。効果があればめっけもの。
不安を覚えたらしいホランがジリジリと後ずさり。けれども背後は海。男に逃げ場はない。
獲物を逃がすまいとわたしがにじり寄る。
波打ち際でのムダに緊張感をともなった、くだらない攻防がしばし続く。
ついに耐えかねたホラン、バッと身をひるがえした。
身の危険を感じたがゆえの本能的な逃避。
だが甘い。
くるぶしのあたりまで水につかった状態で、なおかつ砂地に足をとられるから、満足に駆けられるわけがない。無防備に背を向けるのもダメダメである。
この程度の状況判断も出来ないとは……。本当に記憶喪失はやっかいだね。
わたしは両手でしっかりとにぎった破砕槌をおもいっきりぶん回し、狙いすまして「おうじょうせぇや!」
振ったとたんに、大地のつるぎが「ピコピコ」音を鳴らす。
おもわずほっこりするかわいらしい音色。
でもそれとは裏腹に、強烈な横薙ぎの一閃がホランを直撃。
ポポの里近郊に生息する禍獣ゴウウワンを相手に鍛えた、わたしの打撃の腕は伊達じゃない!
ちなみにゴウウワンとは、赤リンゴの木の銀禍獣のことである。
豪快な直実投げと真っ向勝負を信条としている。打撃勝負に勝てば蜜がたっぷりの甘い赤リンゴをくれる。風邪ぐらいならば一発で治るほどに栄養満点。
なおもらえる果実の数は、当たりによって変わる。大当たりだとカゴいっぱい。いい当たりで八個。ぼてぼてだと三個が相場。空振り三振の残念賞はなし。
他にも青リンゴの木の銀禍獣ゴウサワンもいるが、こちらは変化実投げがエグい。特に内角攻めは鬼。
後頭部だか背中だかにガツンと破砕槌を喰らったホラン。
黒髪の青年のカラダが宙を舞う。
というか、かなり沖のほうまで飛んでいって、ぽちゃんと落ちた。
「おー、けっこう飛んだねえ」なんだかスッキリ気分爽快。わたしはいい笑顔。
「足の踏ん張りと、腰の入った見事な振り。さすがは、母じゃ」ツツミ、べた褒め。
「ですが、これで本当に記憶が戻るんですの?」いまさらながらに帯革内にて首をかしげるミヤビ。
「……ダメなら戻るまで何度でも殴ればいい」帯革内にてあくびまじりでそう言ったアン。
剣の母と天剣三姉妹がぼんやり沖を眺めていたら、ホランがひょっこり海面に顔を出した。
じゃぶじゃぶと水しぶきをあげながら、島へ向かって泳いでくる。
でもって、びしょ濡れで砂浜へとあがってきたら、そのままスタスタとまっすぐこちらに歩いてきた。
ホランは無言のまま、いきなりわたしの頭をガッシとわし掴み。
「ありがとうよ、嬢ちゃん。おかげで目が覚めた。ほうけていた間のことも、ネクタルのこともちゃんと憶えている。ずいぶんと世話になっちまったなぁ」
感謝の言葉とは裏腹に、わたしの頭頂部が締めあげられてギチギチいっている。
イタいから! 子どもの頭は繊細なんだよ。ぷるるんとしたゆでタマゴのようなものなんだから、もっと優しくあつかって、イダダダダっ!
アーン、ごめんなさーい。
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